時代祭

京都御所の建礼門前で出発を待つ2基の鳳輦。向かって右にあるのが東本殿の桓武天皇、左にあるのが西本殿の孝明天皇の鳳輦。
京都御所の建礼門前で出発を待つ2基の鳳輦。
向かって右にあるのが東本殿の桓武天皇、左にあるのが西本殿の孝明天皇の鳳輦。

時代祭は、第50代桓武天皇(かんむてんのう)より明治に至る1100年近い間の各時代の装束で行列を編成し、かつこれを毎年執行するものとして企画された、桓武天皇孝明天皇を祭神とする平安神宮の祭礼です。時代祭では、祭神が神輿に乗って京都市中を巡行し、民の平安な暮らしを見て回るところに意義があります。

当初平安神宮の祭神は桓武天皇でしたが、昭和13年5月に内務省から、平安神宮の祭神は「桓武天皇孝明天皇の二座と仰せ出さる」との告示が発表されたことを受けて第121代孝明天皇平安神宮の祭神として合祀(ごうし)されることとなりました。これに伴い、昭和15年には神幸列の神輿(みこし)=鳳輦(ほうれん。屋形の上に金銅の鳳凰(ほうおう)を飾りつけた天皇専用の乗り物。時代祭りでは平安神宮の祭神である桓武天皇孝明天皇が乗る神輿。)も2基となりました。

都の衰退

京都御所を出発していく維新勤王隊列京都御所を出発していく維新勤王隊列
官軍に加わって戊辰戦争における東北戦争を戦った、山国村(現京都市右京区京北)の郷士たちが編成した農兵隊である「山国隊」が行列の先頭を切ります。官軍の新式軍装のいでたちで、白毛つきの陣笠をかぶった姿が印象的です。

元冶(げんじ)元年(1864)、京都御所西側周辺で勃発し京都市中で市街戦が繰り広げられた「禁門の変(蛤御門の変)」では、市中の広い範囲を焼失してしまいました。そのためかつての都の面影はなくなって目を覆うばかりとなり、京都の町は荒廃し衰退したといいます。

そのような中、慶応3年(1867)孝明天皇の後を継いだ明治天皇が、慶応4年=明治元年(1868)7月、江戸を東京と改め、同年10月には江戸城を皇居と定め、東京城と改称すると、翌明治2年3月には東京城にとどまりました。そして明治天皇の東京参集の召命により諸侯が相次ぎ上京したことから事実上の東京遷都となりました。このため、京都御所周辺にあった多くの公家屋敷は空き家となり荒廃していったといいます。

度重なったこれらのことは、長きにわたり都であり続けた京都の人々に大きな打撃を与え、京都の町は急速にさびれ始めたのでした。

平安神宮創立と時代祭

楠公(なんこう)上洛列の楠木正成楠公(なんこう)上洛列の楠木正成
元弘3年(1333)、元弘の乱で鎌倉幕府が滅びた後、楠木正成(くすのきまさしげ)が後醍醐天皇を兵庫まで出迎えて京都へ凱旋するときの先導役を務めた様を表した行列です。

その後復興に向けた動きが広がる中、当時政府首脳の一人であった右大臣岩倉具視が提出した「京都皇宮保存に関する建議」の中で、「桓武帝神霊奉祀の事」として、「禁苑内適当の場所に神殿を造り、その大御霊を奉祀し、毎年大礼を行ひ、衆庶の拝礼を差し許すべし」ということを挙げました。具体的には、

  • 京都御所のある京都御苑の中に社殿を建てて桓武天皇を奉祀し、平安神宮と称すること。
  • その鎮座式や毎年行う例祭式には賀茂祭旧儀に準じて行粧(ぎょうそう。旅装束)の勅使をたて、儀仗兵を整列させること。
  • 延暦13年(794)、桓武天皇が平安京に都を遷し定めた日の10月22日(旧暦)を祭日とし、京都府下の人々が能楽・相撲・花火・競馬などの形で奉納して参列できる内規を作ること。
といったようなことが考えられていました。

このように復興策の一環として岩倉具視によって「平安神宮」創建案が練られましたが、明治16年(1883)7月20日病死したことからその後廃案となってしまいました。

それから10年後の明治26年、「平安遷都千百年紀念祭」の開催から桓武天皇への関心が高まり、それを機として明治28年(1895)3月15日、「平安遷都千百年」を記念して現在の地に桓武天皇を祭神とする平安神宮の設立をみるに至ったのでした。明治28年(1895)は,平安京に都が移り(延暦13年(794)),平安宮大極殿(へいあんきゅうだいごくでん)が完成し、桓武天皇が出御(しゅつぎょ)し正月の朝賀(ちょうが)を受けた延暦15年(796)から1100年目に当たります。

そして当初、同年4月30日あたりに「平安遷都千百年紀念式典」が予定されましたが、急遽秋に延期されました。こうして新たに設定された日取りが、桓武天皇新京遷幸日の「10月22日」(旧暦)であり、その奉祝行事として企画され執り行われたのが「時代祭」行列でした。

孝明天皇の合祀

平安神宮に入る平安時代婦人列の巴御前平安神宮に入る平安時代婦人列の巴御前
木曾義仲(源義仲)の愛妾であった巴御前(ともえごぜん)は『平家物語』の巻第九「木曾最後」の章段に
「ありがたき強弓精兵(つよゆみせいびやう)、馬の上、かちだち、打物もッては鬼にも神にもあはうどいふ一人当千(いちにんたうぜん)の兵者(つはもの)なり。究竟(くつきやう)のあら馬乗り、悪所おとし、」
と描かれ、武勇に優れ、馬術の名手でもあったことを伝えています。
行列の中では女性でただ一人馬に乗っています。

平安神宮創立から45年後の紀元2600年に当たる昭和15年(1940)には平安京最後の天皇である孝明天皇が合祀されることになりました。

そのきっかけは、昭和12年(1937)正月、徳富蘇峰が孝明天皇奉祀の必要を新聞で説いたことから世論が盛り上がり、同年5月に京都市議会から孝明天皇平安神宮に奉祀して欲しいとの次の請願が時の首相を始めとして提出された事によります。

  • 明治維新の苗床となり、大正・昭和へと続く礎を築いたのは孝明天皇である。
  • 昭和15年が神武天皇即位から2600年(皇紀2600年)に当たるとされたことから、紀元2600年記念祝典が開催(昭和15年10月17日)されるのは孝明天皇が奉祀される絶好の機会である。
  • 孝明天皇は平安京最後の天皇である。

「時代祭」行列の変遷

平安神宮に入る平安時代婦人列の清少納言と紫式部平安神宮に入る平安時代婦人列の清少納言(左)と紫式部
平安時代の女流作家・歌人として知られる清少納言と紫式部は互いを敬遠して同席を避けたと伝えられますが、ここでは宮廷女官の姿で仲良く並んでいます。

「平安遷都千百年紀念式典」が明治28年10月22日から3日間平安神宮で盛大に開催され、続く25日にその催しの一つとして第1回の時代祭行列は行われました。

最初の行列の構成は
前陣(雑色・伶人)−1.延暦時代の文官参朝列−2.同武官出陣列−3.藤原時代の文官参朝列−4.城南の流鏑馬(やぶさめ)列−5.織田信長の上洛列−6.徳川城使の上洛列−後陣(楽隊)
という6列でした。そしてその時のコースは
京都市役所(寺町御池)→寺町通北上→二条通西進→烏丸通南下→四条通東進→縄手通北上→三条通東進→慶流橋・博覧会休憩室(昼食)→平安神宮
となっていました。

時代祭は、第2回からは日取りが本来の10月22日となり、桓武天皇の神霊を奉ずる神輿が市中を「神幸」する行列に各時代の行装(旅装束)で供奉するものとしての位置付けがなされました。これによって、神幸用の神輿=鳳輦(ほうれん)が用意されることとなり、また行列の構成・順序にも変更が加えられました。(鳳輦が行列に加えられたのは明治31年の第4回から)

その後も行列の構成・順序・コースには変更が加えられ、また行列の増大にもより、昭和7年(1932)には、行列の集合場所が、従来の京都市役所議事堂前から京都御所へと変更されるなどして、現在に至っています。

≪行列一覧≫
時代 出発順 行列
明治維新時代
  • 維新勤王隊列
  • 維新志士列
江戸時代
  • 徳川城使上洛列
  • 江戸時代婦人列
安土桃山時代
  • 豊公参朝列
  • 織田公上洛列
室町時代
  • 室町幕府執政列
  • 室町洛中風俗列
吉野時代
10
  • 楠公(なんこう)上洛列
  • 中世婦人列
鎌倉時代 11
  • 城南流鏑馬(やぶさめ)列
藤原時代 12
13
  • 藤原公卿参朝列
  • 平安時代婦人列
延暦時代 14
15
  • 延暦武官行進列
  • 延暦文官参朝列
神幸列 16
17
18
19
20
  • 神饌(しんせん)講社列
  • 前列
  • 神幸列
  • 白川女(しらかわめ)献花列
  • 弓箭(きゅうせん)組列
平安神宮に到着した桓武天皇と孝明天皇の鳳輦
平安神宮に到着した桓武天皇孝明天皇の鳳輦
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  1. 平安神宮
  2. 京都御所
  3. 下鴨神社
  4. 銀閣寺
  5. 法然院
  6. 安楽寺
  7. 哲学の道
  8. 真正極楽寺(真如堂)
  9. 金戒光明寺
  10. 禅林寺(永観堂)
  11. 南禅寺

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posted by はんなり・ジャーニー at 11:14 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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