歌舞伎発祥地
〜古都・スポット風景〜

出雲阿国像
出雲阿国
阿国像がたっているのは四条大橋交差点北西の鴨川寄り。阿国像の背後に少しだけ見える川は鴨川です。ここは京都市中でも人通りが多く、人目につく場所なので、阿国の事を知っている人なら記念写真を撮ったり、横の説明を読んでいる人も目にするはずなのですが、以外にもあまりそういう光景は目にしません。たまに外国からの観光客が珍しそうに(?)写真を撮っているくらいでしょうか。
阿国の像は交差点を挟んだ向かいにある南座の方を向いて応援しているようです。

京都市内を南下する鴨川沿いの四条河原は、出雲阿国(いずものおくに)が始祖とされる歌舞伎発祥の地として伝えられています。

阿国は安土桃山時代の女性芸能者で、その出自や経歴については、確実な史料がまったくなく、生没年も不詳とされています。また阿国に関して残っている史料には、その名について「於国」、「阿国」、「国」、「郡」、「久仁」、「おくに」、「くに」など、さまざまに記されているといいます。

慶長5年(1600)、京都近衛殿(五摂家の一つ近衛家の邸)において「クニ」と「菊」という二人が雲州(出雲国)の「ややこ踊」を演じたと伝えられ(『時慶卿記(ときよしきょうき)』)、江戸幕府が開かれた慶長8年(1603)には、京の四条河原において、阿国が当時流行の男伊達風の男装をして茶屋女と戯れるという、茶屋遊びの様子を真似た「かぶき踊」を披露し、京中の人気を集めた事が伝えられています(『当代記』)。

阿国が始祖となった「かぶき踊」は、「ややこ踊」を発展させて考え出したものだったのかもしれません。そして阿国による歌舞伎発祥の地とされる京の四条河原というところは、阿国が出る以前である室町時代の頃から、遊芸人が集まって来ては興行などが行われていた場所だったといいます。

流行の先端をゆく阿国の一風変わった芸能は、たちまち類似の芸団を都に生んだだけでなく、地方へも広がっていくことになったのでした。

こうして阿国は天下に名を馳せることになります。

京都四條南座
京都四條南座
江戸時代の元和年間(1615〜24)には四条通をはさんで7つの櫓(芝居小屋)が建てられ賑わったようですが、明治を迎えたのはこの南座と四条通の北側にあった北座の2つだったといいます。現在はこの南座だけが残っています。
今日では歌舞伎・演劇の公演が行われる他、多目的ホールとして利用されています。

この後、阿国は歌舞伎踊の一座を率いて、四条河原や北野天満宮社殿の前で勧進興行を行ったり、女院の御所や公卿(くぎょう)の邸(やしき)にもしばしば招かれることになります。

慶長12年(1607)には、ついに江戸城内での勧進歌舞伎を行なうまでに至っています。

ちなみに、「歌舞伎」という言葉は、「傾(かぶ)く」という動詞からの転用語だとされていて、正常からちょっと外れた、ちょっと傾いた状態を指すことから、とびきりはでで異様な感じを人に与える身なり・服装や色好みの気風を漂わせるものを意味する言葉として、安土桃山時代から江戸時代にかけて流行したといわれています。

元和(げんな)年間(1615〜24)、京都所司代(江戸幕府の職名。京に駐在し、京の警備をはじめ近畿全域の訴訟の裁決や西国大名の監察などにあたった役職。)板倉勝重が七カ所の櫓(やぐら。芝居小屋。)を許可して以降、四条河原は京の都最大の興行地として台頭することになります。この七カ所の櫓の伝統を今日唯一伝えているのが我が国最古の劇場「京都四條南座」です。

その後四条河原では、古くからの見せ物曲芸などと共に、阿国のあとを追う女歌舞伎が続出したといいます。

一方江戸幕府によって公認された遊女屋が遊女たちを歌舞伎女にしたて四条河原へ進出しだします。この頃から歌舞伎踊は、流行が広がるとともに性格を変えていくことになります。歌舞伎が遊女と結びつき、遊女歌舞伎のはやりが遊女を増やしていくこととなり、その結果歌舞伎がいかがわしい職業を示すようなものへと変わっていったのでした。その結果、寛永6年(1629)には女歌舞伎禁止令が出され、女性が踊るということが禁じられ、以後女性は舞台から追放されることになってしまいました。こうして男性が女形を演じるようになり、今日の歌舞伎へと変遷してきたのでした。

ところで、阿国は「出雲阿国」といわれるように、出雲大社の巫女(みこ)であったとも言われますが、出雲大社の記録では、巫女を勧進に出したという記録はないとされています。ということは、阿国は出雲大社の巫女ではなかったということになります。阿国が出雲大社の巫女だと伝えられるようになったのは、阿国が舞台で、自分は出雲の杵築(きずき)大社の巫女である、という名のりをしていることから、それが混同されてしまったということのようです。このことから阿国は、当時、地方から京の都に上って来た芸団一座の座長だったのではないかと考えられています。

阿国歌舞伎発祥地の碑
阿国歌舞伎発祥地の碑
碑は南座の西側(川端(かわばた)通沿い)にあります。

【近隣観光マップ】※図の操作については下記をご参照ください。

【マップ掲載番号の説明】

図中の右上に表示されている「地図」をクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、図を拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
  1. 出雲阿国
  2. 鴨川
  3. 京都四條南座
  4. 阿国歌舞伎発祥地の碑
  5. 祇園新橋
  6. 花見小路通
  7. 建仁寺
  8. 八坂神社
  9. 円山公園
  10. 知恩院
  11. 高台寺
  12. 圓徳院
  13. ねねの道
  14. 石塀小路
  15. 一念坂
  16. 八坂の塔

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近隣の観光スポット情報

上記の【近隣観光マップ】をご参照ください。

posted by はんなり・ジャーニー at 08:10 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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