
深秋の貴船川
四季折々に見せる風情ある景観は、古の昔から人々の心を癒してきたことでしょう。
貴船渓谷

谷間を流れる貴船川
写真左手に僅かに見えるのは京都府道361号線。
下鴨神社(賀茂御祖神社)にほど近い叡山電鉄の始発駅、出町柳(でまちやなぎ)駅で鞍馬線に乗ることおよそ27分、終点鞍馬駅の一つ手前の貴船口(きぶねぐち)駅で降りるとそこは貴船渓谷。それでいて紛れもない京都市内です。
東を鞍馬寺でも知られる鞍馬山に、西を貴船山に挟まれ、その谷間を縫うように貴船川の清流が流れています。貴船渓谷は生きている化石として知られるムカシトンボが発見されたことでも知られているとおり、自然が豊かなこともあり、観光としても、またハイキングコースとしても多くの人が訪れています。

貴船川上流
貴船神社奥宮の横の京都府道361号線を更に北に向かって芹生峠(せりょうとうげ)方面に向かい(車通行可)、最初のヘアピンカーブのところを曲がらずに真っすぐ旧花背峠の方へ登っていく(見落としそうになりますが一応標識があります)と貴船川の源流があります。ただ、このヘアピンカーブのところから旧花背峠の方へは歩いてしか行けません(駐車場もありません)ので、貴船神社奥宮から歩いて行くしかありません。貴船神社奥宮から旧花背峠へは登り坂で3kmは越すかと思われます。
夏の強い日差しも高い木々に遮られ、貴船川の清流が運んできた風にあたると涼しさも一層増します。この貴船川は貴船口駅近辺で鞍馬川と合流し、賀茂川へと注いでいます。そして、賀茂川は下鴨神社・糺の森の南端で高野川と合流してからは鴨川となって、京都市中を南下します。
貴船には、平安時代の女流歌人・和泉式部(いずみしきぶ)が夫の愛を取り戻すために歌を詠んだことでも知られる貴船神社があり、平安京遷都後は鴨川の源流にあたることから、水源を守る神(水神)として、さらに晴雨を司る神として、朝野から篤く崇敬されてきました。
ところで、「貴船」は通常「きぶね」と読みますが、貴船神社は水を司る神として信仰があることから、濁らないように「きふねじんじゃ」と呼ばれます。
叡山電鉄貴船口駅から貴船川沿いに100メートルほど上流に行くと、右手に苔むした大きな岩が見えてきます。これは和泉式部が詠んだ蛍の歌に因んで「蛍岩(ほたるいわ)」と呼ばれる岩です(後述)。
さらに貴船川沿いに上流に向かって歩いていくと、やがて最初の貴船の町並みが見えてきます。もうしばらく行くと、右手に鞍馬寺の西門前にさしかかります。ここから鞍馬寺を訪ねることができます。ただ、急勾配の山道となっています。

貴船川に架かる奥ノ院橋
橋の入口にある標識には、右側へ行くと叡山電鉄貴船口駅まで2km、左側へ行くと貴船神社まで100mと案内しています。
橋の左に見える覆いの下には川床が渡してあります。
相生(あいおい)の杉(御神木)
「相生」は「相老」に通じ、夫婦共に長生きを指すといいます。
鞍馬寺の西門の前を通り過ぎるとすぐに貴船神社の二の鳥居が見えてきます。本宮です。貴船神社は本宮(ほんぐう)、結社(ゆいのやしろ)、奥宮(おくみや)の3社から成っていて、道路に沿って南北に点在するかのように鎮座しています。一番南に位置しているのがこの本宮です。
ちなみに、一の鳥居は叡山電鉄貴船口駅を出て左側(南方面)、線路をくぐるとすぐに赤い橋が見えてきますが、この橋を渡った所にあります。
本宮から北へ10分程歩けば、左手の山側に縁結びにご利益(りやく)があるとされる結社があります。この結社で和泉式部が夫との復縁を祈願し、その愛を取り戻したという逸話が伝わっています。
結社から更に北へ5分程歩くと奥宮へと至ります。

料理旅館が立ち並ぶ貴船
貴船川沿いには料理旅館が立ち並んでいることから、貴船が「京の奥座敷」と呼ばれる所以ともなっています。5月〜9月頃には避暑のために川に床板を渡した「川床」で味わう川魚料理は夏の風物詩として知られています。

貴船の川床
和泉式部の貴船詣で

和泉式部の歌碑
貴船神社の縁結びの信仰は古くからあったようですが、それが広く知られるようになったのは、平安時代、藤原道長の長女で、一条天皇の皇后(中宮)となった彰子(しょうし)に紫式部とともに仕え、女流歌人として知られる和泉式部が貴船に参詣して、夫との復縁を祈願したところ願いが叶ったという話に始まります。その参詣の際、和泉式部は貴船川に飛ぶ蛍を見て歌を詠みました。
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男に忘られて侍(はべり)ける頃、貴布禰(きぶね)にまいりて、御手洗川(みたらしがは)に蛍の飛び侍けるを見てよめる
もの思へば沢のほたるもわが身より
あくがれ出づるたまかとぞ見る
(『後拾遺和歌集』〜巻第二十 雑六〜)
(愛しい夫が他の女性に心を奪われていた頃、あれこれと思い悩んで貴船神社に詣でました。その折、貴船川には蛍が乱舞していました。そのはかなく点滅する光を見て読んだ歌
「思い悩んでいると、沢辺を飛ぶはかない蛍の光が、まるで私の体から抜け出た魂ではないかと見えるよ。」)
すると、貴船の神から次のようなお返しの歌が返ってきました。
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御返し
奥山にたぎりておつる滝つ瀬の
たまちる許(ばかり)ものな思ひそ
この歌は貴舟の明神の御返しなり、男の声にて和泉式部が耳に聞えけるとなんいひ伝へたる
(『後拾遺和歌集』〜巻第二十 雑六〜)
(「奥山の滝で激しい勢いで落ちて砕け散った水の玉のように魂が散るほどそのようにあれこれと思い詰めるものではないよ。(事態はきっとよくなるから)」)
ほどなくして和泉式部の願いは叶えられ、夫婦の仲は円満に戻ったと伝えられています。
余談ながら、紫式部は、和泉式部について「口から歌が自然に飛び出てくる人」と言い表しています。
先述の蛍岩は、和泉式部が貴船神社に参詣した折、この蛍岩周辺を舞う蛍の情景を先の歌に詠んだとされるゆかりの深い場所と伝えられています。この言い伝えから、蛍岩から貴船神社奥宮までの道は「和泉式部・恋の道」と呼ばれています。
日本ではお馴染みのゲンジボタルやヘイケボタルといった蛍の幼虫は清流を好むといいます。和泉式部が目にしたのは、貴船川の清流で育った蛍が乱舞する光景だったのでしょう。貴船川を流れる水は、少なくとも見た目には今日でもきれいですが、近年は数が減ってきているといいます。

蛍岩
【近隣観光マップ】※図の操作については下記をご参照ください。
【図中番号の説明】
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- 図中の[地図]のボタンをクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、図を拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
- 貴船川
- 蛍岩
- 和泉式部・恋の道
- 奥ノ院橋
- 鞍馬寺西門
- 貴船神社本宮
- 貴船神社結社
- 和泉式部の歌碑
- 相生の杉(樹齢千年)
- 貴船神社奥宮
図の操作について
- 図の上でマウスを任意の方向に動かす(ドラッグする)と表示範囲が変わります。
- 図中の+(プラス)ボタンをクリックする毎に図が拡大され、−(マイナス)ボタンをクリックする毎に図が縮小されます。
- 図中の[地図]のボタンをクリックすると地図タイプを切り替えることができます。
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- 最初の状態に戻すには、キーボードのF5キーを押下してください。
近隣の観光スポット情報
上記の【近隣観光マップ】をご参照ください。


