
上七軒の道標
京都には現在「五花街(ごかがい)」と呼ばれ、賑わっている祇園甲部(ぎおんこうぶ)、祇園東、先斗町(ぽんとちょう)、宮川町(みやがわちょう)、そして上七軒の五つの花街(かがい/はなまち)があります。
その中でも上七軒は、室町時代中頃からの歴史をもつ京都最古の花街として知られています。そして、その西側には北野天満宮が隣接しています。
江戸時代以降は祇園と並ぶ花街として栄え、また西陣織(にしじんおり)で知られる西陣の最盛期には多くの茶屋が軒を連ねたといいます。
上七軒は、「かみしちけん」と読みますが、地元では「かみひちけん」と呼ばれます。
上七軒を貫く上七軒通沿いは京都市の「北野界隈環境整備地区」に指定されており、また北野天満宮の東側を南北に通る御前通(おんまえどおり)を隔てた所には、歴史的風致形成建造物である上七軒歌舞練場(かぶれんじょう)があります。マップ上は「北野会館」との表記も見られます。
上七軒歌舞練場では、毎年、4月上旬には「北野をどり」が、10月には「寿会」(ことぶきかい)が芸妓衆によって開催されています。また、夏季には歌舞練場の日本庭園でビアガーデンもオープンされています。
上七軒は、往時の風情ある情緒を伝える町並みが残る観光スポットでもあります。
焼失した北野天満宮から生まれた七軒茶屋
時は室町時代中頃。当時、北野麹座と呼ばれる、北野天満宮を本所として麹(こうじ)の製造・販売にかかわる同業者組合(座)である「麹座」が結成されていました。この北野麹座は、京都西部の麹(こうじ)の製造・販売を一手に握っていました。
当時はまだ麹造りは酒屋の範疇ではなく、麹の製造から販売までを麹屋が独占して握るという形態がとられていて、酒屋と麹屋は互いに独立して存在していました。
ところがここに、酒屋が業界の垣根を越えて麹造りにも進出してきます。そうなると、利権を脅かされることになる北野麹座は当然、これに強く反発します。
ここに麹の製造・販売の独占権を巡るトラブルが両者の間で発生することになります。
この麹座と酒屋の対立は、酒屋の座の本所ともなっていた延暦寺(えんりゃくじ)と、当時延暦寺の傘下にありつつも麹座の本所となっていた北野天満宮との対立へとエスカレートし、更には、延暦寺の強訴(ごうそ)によって室町幕府をも巻き込む様相を呈してきたのでした。
そして、その権威が傾きかけていた室町幕府は、延暦寺の強訴に屈して北野麹座の麹の製造・販売の独占権の廃止を認めてしまいます。これを受けて、北野麹座に属する人々らはあくまでも自分たちの利権を護ろうとして北野天満宮に立てこもったのでした。
室町時代中頃の文安(ぶんあん)元年(1444)、北野天満宮に立てこもった人々は、ついに室町幕府による武力攻撃を受けることになります。その過程で、北野天満宮社殿が焼け落ちてしまうという事態が起こったのでした(文安の麹騒動(ぶんあんのこうじそうどう))。
結果として、麹座は衰退して酒屋業へ組み入れられ、麹造りは酒屋業の一工程となっていくことになります。
その後、室町幕府第10代将軍、足利義植(あしかがよしたね)は、焼け落ちてしまった北野天満宮社殿の再建を所司代細川勝元(ほそかわかつもと)に命じます。細川勝元は、龍安寺を創建(1450年)したことでも知られ、また、応仁(おうにん)・文明の乱(1467年〜1477年)では東軍の総大将として戦ったことでも知られている人です。
その折、残った資材を使って、北野天満宮へ参詣した人達の休憩所として七軒の茶屋が建てられたことが、上七軒の始まりとなったのでした。

上七軒通
上七軒の紋章
祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町、そして上七軒の五つの花街にはそれぞれ紋章があります。
上七軒の紋章は「五つ団子(つなぎ団子)」です。
天正(てんしょう)15年(1587)10月1日、豊臣秀吉が北野天満宮の境内において大規模な茶会を催します。
ここに設けられた茶席には、茶湯の天下三宗匠(そうしょう)と称せられた千利休(せんのりきゅう)、津田宗及(つだそうきゅう(そうぎゅう))、今井宗久(いまいそうきゅう)といった、当代きっての茶人を茶頭として迎え、盛大におこなわれたといいます。
この茶会は、北野大茶会(きたのだいさのえ)として知られているものです。
そしてその折に、豊臣秀吉の休憩所としてあてられたのが、北野天満宮のすぐ東隣りにあった七軒茶屋でした。
豊臣秀吉の休憩の折に、名物の御手洗(みたらし)団子が献上されました。これが豊臣秀吉の褒美にあずかったことから、団子をあしらった「五つ団子(つなぎ団子)」の紋章が用いられるようになったといいます。
写真集(9枚の写真が表示されます。)
東の左京区銀閣寺町の銀閣寺門前から延びてきている今出川通沿いにある交差点。
上七軒通の表示はありませんが、この交差点から入ります(下記マップ内番号1参照)。
この交差点を過ぎて今出川通沿いに南西へ更に進むと北野天満宮の一の鳥居のある方へと出ます。
【近隣観光マップ】
※マップの操作については下記をご参照ください。
【マップ掲載番号の説明】
- ※
- 図中の右上に表示されている「地図」をクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、図を拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
- 上七軒通
- 上七軒歌舞練場入口
- 上七軒歌舞練場入口
- 上七軒歌舞練場
- 御前通
- 北野天満宮
- 東門
- 北野天満宮前
- 平野神社(※1)
- 大文字山(五山の送り火で見られる左大文字)(※2)
- 鹿苑寺(金閣寺)(※2)
- 等持院(※2)
- 妙心寺(※2)
- 龍安寺(※2)
- 仁和寺(※3)
- 二条城(※3)
- 京都御苑(※3)
- 京都御所(※3)
- 河合神社(※3)
- 糺の森(※3)
- 賀茂御祖神社(下鴨神社)(※3)
- 鴨川(※3)
マップの操作について
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近隣の観光スポット情報
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