八坂神社

八坂神社〜西楼門〜 八坂神社〜西楼門〜 八坂神社〜西楼門〜
八坂神社〜西楼門〜 八坂神社〜西楼門〜 八坂神社〜西楼門〜
写真(遠方からの写真とその一部を拡大した写真の2枚が表示されます。)
写真 
八坂神社〜西楼門〜
四条通から東を写した写真です。四条通の東端に見えているのは八坂神社の西楼門(にしろうもん)(国重文(※))です。四条通沿いには多くの土産物店や飲食店などが並んでいます。八坂神社の西楼門前から西へ延びる四条通りは、京都でも最も人通りが多い通りでもあり、連日多くの観光客の人で賑わっています。
そのような繁華街から、八坂神社の背後には東山(ひがしやま)が泰然とそびえている姿を見ることができます。
(※)国重文…国指定の重要文化財。

古くから京都の主要な通りとして東西の中心軸をなす四条通。そして南北に走る河原町通(かわらまちどおり)と交わって京都最大の繁華街を形成している四条河原町交差点から東へおよそ700メートルほど行った先の突き当たりに、東山(ひがしやま)の緑を背景に、ひときわ目立って立っている鮮やかな朱塗りの門が目に入ってきます。八坂神社の西楼門です。

八坂神社の界隈には、祇園(ぎおん)情緒を今も残す祇園新橋や祇園町南側の花見小路通などがあり、また円山公園知恩院などをはじめとして、東山の麓に点在する数多くの訪れてみたいスポットも点在していて、もっとも「京都らしい」華やいだ風情が色濃く漂い、連日多くの人で賑わっているところでもあります。

御霊会のはじまり

古来より御霊=ミタマであったのが、平安時代になってくると、思いがけない死を迎えた者の死霊=怨霊へと意味が変わって来ることになります。そして当時、京の都の人々に災難をもたらしていた疫病やさい疫(地震などの自然災害)が起きる原因を「怨霊」の仕業と考えるようになりました。そこで怨霊を慰撫し、疫病やさい疫がこれ以上蔓延しないように祈願する祭礼が始まることになります。これは「御霊会(ごりょうえ)」と呼ばれるようになりました。

祇園御霊会が祇園社の産みの母

御霊会は、当初、必要に応じて自然発生的に京中のどこかで行われていたとされています。

そして、平安京の内裏(だいり)の南に御霊会や祈雨・止雨の祈祷が行われた神泉苑があったことから、祇園の八坂の地から、浮遊する日本全国の悪霊(疫神)を神の依り憑(つ)く依代(よりしろ)と考えられていた「矛(ほこ)」をたてて悪霊(疫神)を移し宿らせ、神輿を神泉苑に向けて送り、穢(けが)れを祓い清める「祇園御霊会」として定例的に執り行われるようになったと考えられています。

こうして行われた祇園御霊会が、今日行われている祇園祭の起源と考えられています。今日、祇園祭で見られる「矛」にはこのような意味があるのです。

貞観18年(876)、都に住む人々の間に、恒常の社檀をつくって疫病を支配すると考えられた疫神を祀る気運が高まってくると、疫神として崇められる牛頭天王(ごずてんのう)を八坂郷に迎祀(げいし)することになりました。これが祇園社(後の八坂神社)の草創へとつながることになります。

こうして見ると、今日、祇園祭が何故八坂神社の祭礼であるのかを理解することができます。

「八坂神社」への呼称変更

慶応4年=明治元年(1868)3月の神仏判然令(神仏分離令)によって、神社での仏式行事の禁止や祭神名・社名に仏教語の使用禁止といったこと等から、同年5月に「東山の八坂郷にこれあり候ふ感神院祇園社、今度八坂神社と称号相改め候ふ」との布告が出されました。(『太政類典』第一編・慶応三年〜明治四年・第百二十三巻・教法・神社ニ[第四類・教法・神社])

上記のように、八坂神社は従来感神院祇園社(祇園社)と称されていましたが、京都東山の八坂郷にあるところから八坂神社と称されることになったといいます。

また「祇園御霊会(祇園会)」という名称も仏教色を薄めて「祇園祭」と改称されています。

写真集写真集(33枚の写真が表示されます。)
写真 
西楼門
室町時代中頃の応仁の乱(1467〜77)の兵火により焼失しましたが、同時代後期の明応(めいおう)6年(1497)に再建されました。その形から駕籠門(かごもん)とも呼ばれました。
大正2年(1913)、四条通の拡張に伴い東(写真奥の方)へ6メートル移動しています。
重要文化財。
≪関連情報≫
項目 内容
所在地 京都市東山区祇園町北側625
祭神 素戔嗚尊(すさのおのみこと)
櫛稲田姫命(くしなだひめのみこと。素戔嗚尊の后)
八柱御子神(やはしらのみこがみ。素戔嗚尊と櫛稲田姫命の五男三女の王子)
創建年 諸説あり
主な祭事 例祭(6月15日)
白朮祭(をけらさい)(1月1日)、祇園祭(7月1日〜31日)ほか
文化財
重要文化財
本殿、紙本著色祇園社絵図、木造狛犬(こまいぬ)ほか

【境内概観図】※図の操作については下記をご参照ください。

【マップ掲載番号の説明】

図中の右上に表示されている「地図」をクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、図を拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
  1. 西楼門
  2. 疫神社
  3. 太田社
  4. 蛭子社
  5. 大国主社
  6. 石鳥居
  7. 南楼門
  8. 能舞台
  9. 舞殿
  10. 本殿
  11. 御神水
  12. 大神宮社
  13. 忠盛灯籠
  14. 悪王子社
  15. 句碑
  16. 美御前社
  17. 日吉社
  18. 刃物社
  19. 五社
  20. 祖霊社
  21. 厳島社
  22. 絵馬舎
  23. 神馬舎
  24. 十社
  25. 大年社
  26. 二軒茶屋・中村楼
  27. 今はなき二軒茶屋・藤屋と空也上人ゆかりの井戸
  28. 円山公園
  29. ねねの道石塀小路高台寺八坂の塔一念坂二寧坂(二年坂)産寧坂(三年坂)清水寺
  30. 知恩院、青蓮院へ
  31. 知恩院(※)
  32. 青蓮院(※)
  33. 祇園新橋(※)
  34. 祇園町南側・花見小路通(※)
  35. 四条通
  36. 東大路通
※.−(マイナスボタン)を1回クリックすると表示されます。

図の操作について

  • 図の上でマウスを任意の方向に動かす(ドラッグする)と表示範囲が変わります。
  • 図の左にある+(プラス)ボタンをクリックする毎に図が拡大され、−(マイナス)ボタンをクリックする毎に図が縮小されます。
  • 図の右上にある[地図]のボタンをクリックすると地図タイプを切り替えることができます。
  • 非表示にした吹き出しを再度表示するには、赤いアイコンをクリックして下さい。
  • 最初の状態に戻すには、キーボードのF5キーを押下してください。

近隣の観光スポット情報

上記の【境内概観図】をご参照ください。

posted by はんなり・ジャーニー at 20:45 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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