
新島旧邸
寺町通(てらまちどおり)(写真手前の通り)を挟んで京都御苑の東南に位置する新島旧邸。閑静な環境の中に佇んでいます。
奥に見える高い建物は「同志社新島会館」です。
奥に見える高い建物は「同志社新島会館」です。
福澤諭吉(ふくざわゆきち)らとならび、明治六大教育家の1人に数えられる新島襄(にいじまじょう)。 新島襄は、明治8年(1875)11月29日、京都府知事・槇村正直(まきむらまさなお)、府顧問・山本覚馬(やまもと かくま)の賛同を得て現同志社大学の前身である同志社英学校を創立しています。
そして、この時の縁で翌年の明治9年1月3日、山本覚馬の妹・八重(やえ)と結婚したことでも知られています。
八重は2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公として描かれている会津(福島県)の人です。明治元年(1868)、徳川将軍家への忠義を尽くさんとする会津藩は、倒幕に向けた新政府軍の攻撃にさらされます。そうした状況の中で会津若松城において八重は銃を手に抗戦した人の一人でもあります。
京都御所を取り囲む京都御苑。そのすぐ東側に沿って南北に走る寺町通(てらまちどおり)が通っています。新島旧邸は、京都御苑の東側の三門(北から南へ順に石薬師御門、清和院御門、寺町御門)の一つ寺町御門から寺町通を隔てた少し南側の静かな地に建っています。
ちなみに、同志社大学は、京都御苑の北側、今出川通(いまでがわどおり)を隔てた地にあります。
2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」の場面が京都に移り、新島襄が注目の人となったこともあってか、新島旧邸の開館日・見学方法が変更となり、建て物入口にその概要が次のように案内されています。

【拡大版】
(光の加減で少し見えにくくなっている所があります。)
なお、「見学申込」欄に記載の同志社大学ホームページは「新島八重と同志社」をクリックするとご覧いただけます。
写真集(3枚の写真が表示されます。)
寺町通
かつての平安京の東端を南北に走る東京極大路(ひがしきょうごくおおじ)がこの寺町通の原型とされています。
天正(てんしょう)19年(1591)、豊臣秀吉は京都の都市改造の一環で、洛中を取り囲む「お土居(どい)」の構築を命じます。これと前後して寺院街の建設も行われます。洛中にあった各寺院を強制移転させ、東京極大路の東側に集めたことからこの通りに「寺町」の名が付けられたといいます。
木が生い茂っているところは、京都御苑の敷地です。(写真奥の方が北になります。)
かつての平安京の東端を南北に走る東京極大路(ひがしきょうごくおおじ)がこの寺町通の原型とされています。
天正(てんしょう)19年(1591)、豊臣秀吉は京都の都市改造の一環で、洛中を取り囲む「お土居(どい)」の構築を命じます。これと前後して寺院街の建設も行われます。洛中にあった各寺院を強制移転させ、東京極大路の東側に集めたことからこの通りに「寺町」の名が付けられたといいます。
木が生い茂っているところは、京都御苑の敷地です。(写真奥の方が北になります。)
【近隣観光マップ】※図の操作については下記をご参照ください。
【図中番号の説明】
- ※
- 図中の右上に表示されている「地図」をクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、図を拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
- 新島舊(旧)邸
- 同志社新島会館
- 寺町通
- 京都御苑
- 石薬師御門
- 清和院御門
- 寺町御門
- 京都御所
- 今出川通
- 同志社大学
- 相国寺(※)
- 糺の森(※)
- 賀茂御祖神社(下鴨神社)(※)
- 平安神宮(※)
- 二条城(※)
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図の操作について
- 図の上でマウスを任意の方向に動かす(ドラッグする)と表示範囲が変わります。
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- 最初の状態に戻すには、キーボードのF5キーを押下してください。
近隣の観光スポット情報
上記の【近隣観光マップ】をご参照ください。


