天授庵

大書院
大書院
通用門(拝観入口)を抜けるとその正面に最初に見えてくるのがこの光景です。
庫裡(くり)を通して見えるこの大書院(おおしょいん)の先には澄心庭(ちょうしんてい)と呼ばれる南庭が広がっています。
紅葉を迎え、美しく色づいた楓の紅色が大書院の中に射し込んでいるようです。

南禅寺の開山、無関普門(むかんふもん。大明国師(だいみんこくし)。)を奉祀する南禅寺の開山塔、天授庵(てんじゅあん)。

天授庵にある趣きの異なる二つの庭園は季節に応じた彩りを見せ、多くの人が訪れるところとなっています。

開創

鎌倉時代後期の正応(しょうおう)3年(1290)から正応4年の間にかけて亀山(かめやま)法皇の離宮・禅林寺殿(ぜんりんじどの)で物の怪(もののけ)騒動が発生したことから、その鎮静化を当時中国より帰朝して名声の高かった東福寺第3世住持の無関普門に依頼します。(南禅寺の記事参照) 無関普門は見事にこれを鎮静化したことから正応4年(1291)、亀山法皇は離宮・禅林寺殿を施捨して禅宗寺院の「禅林禅寺」とし、無関普門を開山として迎えました。これが南禅寺の開創となります。

しかし、この時無関普門は80歳にして既に老境にあり、同年12月には病を得たこともあって、東福寺に於いてその生涯を閉じたのでした。無関普門が禅林禅寺(南禅寺)の開山に迎えられたとはいえ、その死は全くもって寺院としての構造が整う前のことでした。

当時、無関普門は東福寺の住持でもあったことから東福寺内に塔所(たっしょ。墓所。)として龍吟庵(りゅうぎんあん)が創建されたことから、南禅寺には開山である無関普門ゆかりの建物は設けられなかったのでした。

それからほぼ半世紀が経った南北朝時代の初めの暦応(りゃくおう)2年(1339)、虎関師錬(こかんしれん)が南禅寺第15世住持としてやってきます。虎関師錬は、五山文学、学問興隆の先駆者としても知られる人です。

着任した虎関師錬は、南禅寺に開山塔の無いことを知るにいたっていたく嘆いたといいます。

虎関師錬は同年早速、朝廷に開山塔建立の勅許を得るべく上奏します。そして光厳(こうごん)上皇から勅許が下り、塔を「霊光」と名付け、庵を「天授」と名付けるとの勅状を賜ると、虎関師錬は開山塔の建設に着手します。

こうして、開山塔の天授庵は、翌年の暦応3年に南禅寺にその姿を見せたのでした。

再興

しかし創建から1世紀ばかり過ぎた文安4年(1447)には南禅寺の火災に類焼し、更にはその20年後に発生した応仁・文明の乱の兵火をも受けてしまうことになります。その後は復興に向けた動きもなく、荒廃のままに時が流れていったのでした。

応仁・文明の乱の兵火を受けてからおよそ130年。時は、安土桃山時代から江戸時代へとつなぐ慶長年間(1596〜1615)のはじめ。

戦国の世も過ぎて、世情も安定してくると伽藍の復興に力が注がれるようになってきます。その流れの中で、天授庵の復興が、当時五山屈指の名僧といわれ、南禅寺住持であった玄圃霊三(げんぽれいさん)に托されます。

玄圃霊三は、文禄(ぶんろく)元年(1592)の豊臣秀吉の朝鮮出兵に際しては、外交僧として従軍し、秀吉の参謀役として朝鮮との交渉にあたった人でもあります。

玄圃霊三は、その弟子であり、五山の間では知られた名僧でもあった雲岳霊圭(うんがくれいけい)を天授庵主に任じます。雲岳霊圭は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、歌人として名を馳せた細川幽斎(ほそかわゆうさい)の室の姪でもありました。

加えて、玄圃霊三は知人でもあった細川幽斎に天授庵の復興を懇請したといいます。

細川幽斎がこれを快諾したことから、慶長7年(1602)、細川幽斎の寄進によって、現存する方丈(本堂)、正門などの諸堂が再建され、天授庵が再興されるにいたったのでした。

天授庵の東南にある墓地には細川幽斎夫妻が眠っています。

写真集写真集(33枚の写真が表示されます。)
写真 
正門〜南禅寺三門より〜
天授庵は、南禅寺の中門から本坊(庫裡)へと延びる参道を挟んで、日本三大門の一つ、三門の南側に位置しています。写真左側には深く色づいた紅葉に挟まれた正門が見え、その右側の紅葉の後ろに方丈(本堂)が見えています。正門は慶長年間(1596〜1615)につくられたものといいます。
写真右側に見えているのは南禅寺三門の列柱です。
≪関連情報≫
項目 内容
所在地 京都市左京区南禅寺福地町86−8
宗派 臨済宗南禅寺派
寺格 南禅寺塔頭(開山塔)
創建年 暦応2年(1339)
開基 虎関師錬
文化財
重要文化財
絹本着色(けんぽんちゃくしょく)無関普門像、絹本着色細川幽斎像・幽斎夫人像、方丈障壁画ほか

【境内概観図】※図の操作については下記をご参照ください。

【マップ掲載番号の説明】

図中の右上に表示されている「地図」をクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、図を拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
  1. 南禅寺参道
  2. 南禅寺中門
  3. 南禅寺勅使門
  4. 鹿ケ谷通
  5. 南禅寺三門
  6. 正門
  7. 通用門(拝観入口)
  8. 庫裡(くり)
  9. 大書院(おおしょいん)
  10. 方丈(本堂)
  11. 方丈東庭(凋黙庭)
  12. 中門
  13. 茶室
  14. 書院南庭(澄心庭)
  15. 書院南庭・東池
  16. 書院南庭・西池
  17. 小書院(こしょいん)
  18. 普門殿(収蔵庫)
  19. 南禅寺法堂(※1)
  20. 南禅寺方丈(※1)
  21. 南禅寺本坊(庫裡)(※1)
  22. 水路閣(※1)
  23. 南禅院(※1)
  24. 金地院(こんちいん)(※1)
  25. インクライン(※2)
  26. 無鄰菴(むりんあん)(※2)
  27. 禅林寺(永観堂)(※2)
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図の操作について

  • 図の上でマウスを任意の方向に動かす(ドラッグする)と表示範囲が変わります。
  • 図の左にある+(プラス)ボタンをクリックする毎に図が拡大され、−(マイナス)ボタンをクリックする毎に図が縮小されます。
  • 図の右上にある[地図]のボタンをクリックすると地図タイプを切り替えることができます。
  • 非表示にした吹き出しを再度表示するには、赤いアイコンをクリックして下さい。
  • 最初の状態に戻すには、キーボードのF5キーを押下してください。

近隣の観光スポット情報

上記の【境内概観図】をご参照ください。

posted by はんなり・ジャーニー at 11:45 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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