龍源院

方丈へ
方丈へ
書院の前を通って方丈(ほうじょう)の南広縁へと渡る時、視線の先に見えてくるのが、この方丈前庭の石庭「一枝坦(いっしだん)」です。

一休(いっきゅう)、沢庵(たくあん)の2人の僧で広く知られる京都・紫野(むらさきの)の名刹にして、別院2、塔頭(たっちゅう)22を有する大徳寺(だいとくじ)。その山内で最古の塔頭寺院として受け継がれているのが龍源院(りょうげんいん)です。

龍源院は、大徳寺の中心伽藍が北から南へと一直線上に、法堂(はっとう)、仏殿(ぶつでん)、三門(さんもん)、勅使門(ちょくしもん)と並ぶ中、その南に参道を隔てて500年の歴史を受け継いで立っています。

大徳寺再建を経て

鎌倉時代も末の正和(しょうわ)4年(1315)、宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)が紫野(むらさきの)の地に小堂を建て、それまでいた東山(ひがしやま)の地から移り住みます。これが大徳寺発祥の原点となって、嘉暦(かりゃく)元年(1326)、龍寶山(りゅうほうざん)大徳禅寺が誕生します。

室町時代の中頃になると、享徳(きょうとく)2年(1453)に発生した火事や、応仁元年(1467)に起った応仁・文明の乱で伽藍が焼亡します。その再建に取り組むため文明(ぶんめい)6年(1474)、後土御門(ごつちみかど)天皇の勅命(ちょくめい)で一休宗純が大徳寺第47世住持に任じられ、再建に取り組むことになります。時に、一休、81歳。一休は、幼少期は頓知小僧の「一休さん」という親しみのある名で知られる人です。

一休は大徳寺に入寺することはありませんでしたが、一休に参禅していた堺の豪商などの協力を得て再建に努めます。そして文明10年(1478)には方丈、翌文明11年には法堂の竣工をみます。

一方、この頃から大徳寺の住持職は、一休の法兄で先に大徳寺第26世住持となった養叟宗頣(ようほうそうい)の門下から輩出されるようになります。その中から2人の逸材が生まれます。大徳寺塔頭大仙院(だいせんいん)の開祖となる古嶽宗亘(こがくそうこう)と龍源院の開祖となる東渓宗牧(とうけいそうぼく)です。

永正(えいしょう)年間(1504〜21)以降の大徳寺の住持職はこの2人の門派が独占することになります。

創建

東渓宗牧は、永正2年(1505)、大徳寺第72世住持に就任しています。

当初東渓は、現在の龍源院の東南に位置する養徳院(ようとくいん)内に退居庵一枝軒(いっしけん)を設けていたといいますが、後に北西の位置にあたる現在地に移り、これが龍源庵へと発展することになります。

創建年次については、文亀(ぶんき)2年(1502)、永正年間(1504〜21)、あるいは東渓が永正14年(1517)に寂した後のまもない時期など諸説ありますが、いずれにしても、能登(のと)(石川県)の守護大名畠山義元(はたけやまよしもと)、戦国大名であった周防(すおう)(山口県)の大内義興(おおうちよしおき)、そして豊後(ぶんご)(大分県)の大友義長(おおともよしなが)の三氏が檀越となって造営されたといいます。

当初はその室号から「霊山一枝之軒(りょうぜんいっしのけん)」と称しています。

これが龍源院と改称されることになります。

その寺号は、大徳寺の山号である龍寶山の「龍」と、中国・臨済宗松源派の祖・松源崇岳(しょうげんすうがく)の禅を継承する松源一脈の「源」との両字より命名されたものと言われています。

東渓の龍源院と、古嶽によって創建された大仙院(だいせんいん)とは、大徳寺中心伽藍の南と北にあったことから、東渓の門派は南派、古嶽の門派は北派と呼ばれるようになり、龍源院は南派の本院となっています。

写真集写真集(24枚の写真が表示されます。)
写真 
表門
創建当初に建立されたものといい、両脇に松を従えたその景観は当寺の面影を今に伝えているようです。
通常大徳寺の境内へは大徳寺通(だいとくじどおり)に面している総門から入ることが多いと思われますが、龍源院の表門は、大徳寺の南端を東西に走る北大路通(きたおおじどおり)に面した南門から北へと延びる参道(写真手前)沿いに立っていることから、こちらから入って来ることもできます。(下記【境内概観図】参照)
重要文化財。
≪関連情報≫
項目 内容
所在地 京都市北区紫野大徳寺町82−1
宗派 臨済宗大徳寺派南派
寺格 大徳寺塔頭、南派本庵
創建年 文亀・永正年間(1501〜21)
開基 畠山義元、大内義興、大友義長
開山 東渓宗牧
文化財
重要文化財
表門、本堂(方丈)(附:玄関)、木造釈迦如来坐像

【境内概観図】※図の操作については下記をご参照ください。

【マップ掲載番号の説明】

図中の右上に表示されている「地図」をクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、図を拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
  1. 大徳寺総門
  2. 大徳寺勅使門
  3. 表門
  4. 庫裡
  5. 書院
  6. 滹沱底
  7. 坦雪井
  8. 東滴壺
  9. 唐門
  10. 方丈
  11. 一枝坦(方丈前庭)
  12. 鶏足山
  13. 開祖堂
  14. 龍吟庭
  15. 大徳寺三門(※1)
  16. 大徳寺仏殿(※2)
  17. 大徳寺法堂(※2)
  18. 大徳寺庫裡(※2)
  19. 大徳寺本坊(※2)
  20. 大徳寺唐門(※2)
  21. 大徳寺方丈(※2)
  22. 大徳寺南門(※2)
  23. 大徳寺通(※1)
  24. 北大路通(※2)
※1.−(マイナスボタン)を1回クリックすると表示されます。
※2.−(マイナスボタン)を2回クリックすると表示されます。

図の操作について

  • 図の上でマウスを任意の方向に動かす(ドラッグする)と表示範囲が変わります。
  • 図の左にある+(プラス)ボタンをクリックする毎に図が拡大され、−(マイナス)ボタンをクリックする毎に図が縮小されます。
  • 図の右上にある[地図]のボタンをクリックすると地図タイプを切り替えることができます。
  • 非表示にした吹き出しを再度表示するには、赤いアイコンをクリックして下さい。
  • 最初の状態に戻すには、キーボードのF5キーを押下してください。

近隣の観光スポット情報

上記の【境内概観図】をご参照ください。

posted by はんなり・ジャーニー at 12:54 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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