鞍馬の火祭

火祭の雰囲気が盛り上がる中で
火祭の雰囲気が盛り上がる中で
暗闇に包まれて行く鞍馬の里はいっそうの熱気を帯びていきます。
海外から日本への観光客が増える今日、鞍馬の火祭に訪れた外国の人も随分多く見られ、ふと周囲の人を見回した時にはまるで自分が異国にやって来たのかなと思ってしまう時があるほどです。英語をはじめとして???語が耳に入ってきます。

鞍馬の里人の間に千年以上もの長きにわたって連綿と受け継がれ、「京都三大奇祭」の一つにも挙げられる由岐(ゆき)神社の神事、鞍馬の火祭(くらまのひまつり)。

由岐神社は鞍馬寺の仁王門(山門)をくぐってその境内を北へ300メートルばかり登ったところにあり、鞍馬寺の鎮守社としてたっています。

火祭の熱気があふれかえる中で、大小約500本という松明(たいまつ)が鞍馬の闇を照らす光景は圧巻で、大きなものでは長さ約4メートル、重さ約100キロにもおよぶという燃えさかる松明(たいまつ)を担いだ若者らの「サイレイヤ、サイリョウ」の勇ましい掛け声が、鞍馬街道を包む漆黒の夜空に響き渡ります。

都を襲う不安を鎮めんと・・・

鞍馬の火祭の起源は、平安時代の中頃にさしかかった、朱雀(すざく)天皇治世(930年12月〜946年5月)下の天慶(てんぎょう)3年(940)にさかのぼるといいます。

当時、京の都では干ばつ、洪水などの天変地異や流行病(はやりやまい)が相次ぎ、騒然とした状況にありました。

加えて、讒訴(ざんそ)(虚偽の告発を行って人を貶(おとし)めること)されて大宰府へ左遷され、延喜(えんぎ)3年(903)、現地で没した菅原道真(すがわらのみちざね)による祟(たた)り伝説が朝廷内のみにとどまらず京の人々の間にも流布して、不安におびえる暮らしが続いていました。

さらには、承平(じょうへい)7年(937)には富士山が噴火し、翌天慶元年(938)にはマグニチュード7クラスの大地震が都を襲うといった不安な状況にもありました。

一方、朱雀天皇治世中の承平5年(935)には平将門(たいらのまさかど)が関東で反乱を起こし、次いで翌年には瀬戸内海で藤原純友(ふじわらのすみとも)が乱を起こします。朱雀天皇は懐柔策を試みますがうまくいかず、結局朱雀天皇が送った征伐軍によって、天慶3年(940)、平将門は討たれ、更に翌年には藤原純友も討たれ、乱はようやく収束したのでした(承平天慶の乱)。

こういった世情不安に包まれていた中、朱雀天皇は世の不安を鎮めその平安を願って、都の北方を鎮護しようと、京都御所に祀られていた由岐明神(ゆきみょうじん)を鞍馬の地に遷宮するという国家的一大儀式を執行します。由岐明神とは大己貴神(おおなむちのかみ)(大国主命(おおくにぬしのみこと)の前身ないし別名)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の総称で、大己貴神(大国主命)は国造りの神として知られ、少彦名命は大己貴神(大国主命)の国作りに協力したことで知られています。

天慶(てんぎょう)3年9月9日の夜、京都御所を発った遷宮行列は、鉾を先頭に、鴨川に生えていた葦(あし)で作られた松明(たいまつ)を手にした都人(みやこびと)から成る約1キロメートルにも及ぶという長い行列だったといいます。

鞍馬の村人たちは街道沿いに篝火(かがりび)を赤々と焚き、大きな松明を持って夜道を照らし、京都御所からの遷宮行列を迎えたといいます。

これが鞍馬の火祭の始まりといいます。

ちなみに、祭りの中で、燃え盛る松明がクローズアップされてきたのは平安時代からずっと時代が下がった18世紀、江戸時代の中頃のことと見られており、当初は、神輿と剣鉾がこの祭りの主役であったようです。

火祭の流れ

鞍馬の火祭は、次の日程で執り行われます。尚、時刻は目安です。

【10月16日】

20時〜

10月22日に行われる火祭の無事を願い、由岐神社本殿前で宵宮祭(よいみやさい)が行われます。

【10月22日】

9時〜

由岐神社において例祭が行われ、本殿から由岐明神(ゆきみょうじん)、八所明神(はっしょみょうじん)の御霊(みたま)が神輿に移されます。

11時〜

鞍馬寺山門前に由岐明神と八所明神の2基の神輿が安置されます。

18時〜

「神事(じんじ)にまいらっしゃ〜れ」という「神事触れ」が鞍馬街道に告げて回られます。炎の饗宴の開始の知らせです。これを合図に、氏子の家々の前に用意された篝(かがり)に火が入れられます。そして小さな松明を持った子供たちが最初に鞍馬街道を歩き始めます。

19時〜

「サイレイヤ、サイリョウ」の囃子言葉と共に若者らが担ぐ大松明(おおたいまつ)が動き出します。と共に、鉦(しょう)や太鼓などで囃したり、剣鉾を差したりしながら、次第に松明の数も増えていきます。

ちなみにこの「サイレイヤ、サイリョウ」というのは、「祭礼や、祭礼」の意とも、「祭礼や、最良」の意とも、あるいはまた「さあ入れや、さあ入れよ」の意とも言われています。

21時〜

鞍馬寺山門前石段下の鞍馬街道に大小の松明が集まります。そして大松明を担いだ若者たちが石段を次々と上り始め、やがて全ての大松明が石段上に集合します。火祭のクライマックスの始まりです。

そして、神域に安置されている2基の神輿を迎えに行くための「注連縄伐(しめなわき)りの儀」が行われ、祝詞(のりと)奏上ののち、石段の上から2基の神輿が下りてきます。この時に行われるのが「チョッペンの儀」といわれるものです。これは、鞍馬の成人式の名残りとされ、石段上から下りてくる神輿の左右にある2本の担い棒の先端に各々1人、計2人の青年が仰向けになって足を大の字に開いてぶら下がり、それを神輿の担ぎ手たちが支えて下りてくるというものです。

一方、石段を下る神輿のスピードが出過ぎないように、神輿の後に繋がれた2本の綱を里の女性が引っ張ります。綱を引っ張る女性には若い女性が多いといいます。綱を引くと安産になると伝えられているからです。

22時〜

石段を降りた2基の神輿は鞍馬街道を巡行して集落内を回り、御旅所(おたびしょ)に安置されます。

23時〜

御旅所祭が始まり、祝詞奏上のあと、4本の大きな神楽松明(かぐらたいまつ)が境内を回ると共に神楽が奉納されます。

24時

火祭終了。

【10月23日】

9時〜

2基の神輿が御旅所から由岐神社へと戻り、御霊が神輿から本殿に移される還幸祭が行われます。

これをもって一連の鞍馬の火祭が幕を引きます。

移動しながらの観覧

さて、10月22日といえば昼間は時代祭が行われる日でもあり、同日の18時からは洛北鞍馬の夜が火祭で熱気に包まれる日でもあります。

その鞍馬の火祭の観覧は、例えば、時代祭や賀茂祭(葵祭)のように一カ所に陣取って目の前を流れて行く行列をじっくりと観るといったスタイルではなく、観る人も移動しながら火祭を観覧するというスタイルになります。それは、鞍馬寺の山門前石段下を中心に、元来道幅もそれ程広くない鞍馬街道沿いの狭い地域で繰り広げられる火祭に、多くの人たちが次々と訪れてくるために、予め決められた周回ルート(下記【近隣観光マップ】参照)に沿って観る人を一方向に移動させておかないと街道は人であふれかえって火祭が遂行できなくなるといった事情によるものです。

この地域は既に交通規制が敷かれ、車両は通行できなくなっており、現地では多くの警察官によって観覧者の交通整理(一方向への歩行整理)が行われます。2015年は約6,000人(京都府警調べ)の人が訪れたようですが、これで周回ルートそのものが人であふれかえります(2015年は、観覧者が増えているとの判断のもと周回ルートが祭りの途中で若干延長されています)。

火祭が始まった18時以降では、下記【近隣観光マップ】に表示した周回ルートを1周するのに少なくとも1時間は見ておいた方がいいようです。そしてその周回ルートの内、実際に火祭を観覧できるのは街道沿いで、道のり(道に沿って測ったときの長さ)的には周回ルートの約2分の1周(【近隣観光マップ】に示した緑色の部分)に当たりますが、歩行整理で観覧者は前へ前へと進むことを促されるために観覧できる時間としては30分もないかもしれません(その分街道から外れた周回ルートの中で足止め状態となり時間が取られます)。つまり、観たいシーンが運悪く観れない可能性があるということも起こり得ます。それで、1周して帰るのではなく、時間をかけてでも2周、3周して観ておきたいといった人も多いようです。時の経過と共に観覧者の増加も加わって2、3歩進んではしばらく足止め、といった繰り返しに歩き疲れるといった事態も起こってきます。

もうお分かりのように、【近隣観光マップ】に示した周回ルートの内の半分ほどに当たる赤色の部分は火祭を観覧できないエリアにいることになります。そこでは、先述のように足止め状態が時間的に長く感じられます。2015年は10月16日から21日までの6日間は、その日の最高気温が連続して25度以上となる夏日が続きましたが、火祭当日は朝から曇り空となり、最高気温も25度を下回りました。火祭が行われる地域の標高は240メートルほどということもあり、また季節的にもさすがに日が沈むと涼しげな状況となります。行列は人で埋め尽くされて殆ど動くことがないため身体も冷えやすく、昼間の服装とは別に余分に1枚羽織るものを持っておいた方がいいかもしれません。

写真集写真集(32枚の写真が表示されます。)
写真 
紅葉の気配
火祭が行われる鞍馬寺山門下へと向かう途中、ほんのりと色づきかけた楓が目に入って来ました。10月22日、この辺りは紅葉も早く訪れてきそうです。
眼下には鞍馬川が流れています。

【近隣観光マップ】※図の操作については下記をご参照ください。

【マップ掲載番号の説明】

マップ中の[地図]のボタンをクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、マップを拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
  1. 鞍馬寺
  2. 由岐神社
  3. 鞍馬寺仁王門(山門)
  4. 鞍馬寺石段
  5. 鞍馬川
  6. 鞍馬街道
  7. 由岐神社御旅所
  8. 叡山電鉄鞍馬線
  9. 鞍馬駅
  10. 貴船方面
  11. 花背方面

図の操作について

  • 図の上でマウスを任意の方向に動かす(ドラッグする)と表示範囲が変わります。
  • マップ中の+(プラス)ボタンをクリックする毎にマップが拡大され、−(マイナス)ボタンをクリックする毎にマップが縮小されます。
  • マップ中の[地図]のボタンをクリックすると地図タイプを切り替えることができます。
  • 非表示にした吹き出しを再度表示するには、赤いアイコンをクリックして下さい。
  • 最初の状態に戻すには、キーボードのF5キーを押下してください。

近隣の観光スポット情報

上記の【近隣観光マップ】をご参照ください。

posted by はんなり・ジャーニー at 14:52 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

このページの先頭へ戻る