賀茂祭(葵祭)2012
〜古都・スポット風景〜

下鴨神社糺の森を進む牛車
下鴨神社糺の森を進む牛車
前日の雨でより瑞々しさをました下鴨神社糺(ただす)の森の新緑の中を、キーキーときしむ音を立てながら進む牛車(ぎっしゃ)。左手の土手に沿った一段低い所には、清らかな水が流れる瀬見の小川が流れています。今から1200年ほど昔の平安時代にもきっとこのような光景が繰り広げられたんでしょうね。
右端に見えるのは牛で、牛車を曳く交代用なのでしょうね。

賀茂祭(葵祭)の本義は、勅使(近衛使(このえづかい))が天皇から託された「寿詞(よごと)」(宣命(せんみょう))を、賀茂社(下鴨神社と上賀茂神社の両社)で読み上げ、御供え(御幣物(ごへいもつ))を届けるのが目的の祭で、祭列が京都御所や京都三山(さんざん)の中の東山、北山を背景とし、また京都市中を南下する賀茂川沿いを颯爽と練り歩く様は、平安時代の王朝絵巻を見るようで見応えがあります。

賀茂祭(葵祭)は、本来「宮中の儀」、「路頭の儀」、「社頭の儀」の3つから構成されていますが、現在では宮中の儀は行われていません。路頭は道中のことを指し、社頭は神前のことを指します。

下鴨神社糺の森を進む斎王代列(女人列)
下鴨神社糺の森を進む斎王代列(女人列)
糺の森は、高野川と賀茂川とが合流するデルタ(三角州)地帯に発達した原生林で、樹齢200年から600年の樹林が約600本も生い茂っているといわれる、下鴨神社の境内にある森、社叢(しゃそう)です。
神事の場ともされ、おごそかなたたずまいが感じられます。

路頭の儀は賀茂祭(葵祭)を代表する祭列で、天皇から託された「寿詞」(宣命)や御供え(御幣物)を賀茂社に届けるため、総勢500余名、馬36頭、牛4頭、牛車2台、輿1台から構成された長さおよそ1kmに及ぶ祭列が、平安時代を思わせる風雅な王朝行列そのままに、京都御所から上賀茂神社までのおよそ8kmを練り歩きます。

祭列は、大きく本列と斎王代列から構成されています。本列は天皇からの「寿詞」(宣命)や御供え(御幣物)を届ける勅使代を中心にした列、そして斎王代列は女人列(にょにんれつ)といわれ斎王代を中心にした列で本列の後方に続きます。

そして、祭列が賀茂社(下鴨神社と上賀茂神社の両社)到着後に行われる儀式が社頭の儀です。

2012年は開催日の5月15日の天候が雨となったことから、路頭の儀は翌日の16日に延期されましたが、社頭の儀は15日に賀茂社(下鴨神社と上賀茂神社の両社)で行われました。16日は天候も回復し、曇ることもなく快晴となったため絶好の祭り日和となりました。路頭の儀の順延は15年ぶりだそうです。

路頭の儀の日程が延期となりながらも、開催場所の京都御所のある京都御苑、下鴨神社、上賀茂神社、それに祭列コースの沿道は見物に訪れた人でいっぱいでした。

写真集写真集(21枚の写真が表示されます。)
※実際の祭列の順序と写真の表示順序とは一部異なるところもあります。
写真 
十二単(じゅうにひとえ)の大礼服装で、供奉者にかつがれた腰輿(およよ)という輿(こし)に乗って京都御所前に現れた第57代斎王代と童女(わらわめ)。まずはすぐ近くの建礼門前まで進みます。
童女は斎王の傍に仕える少女で、「めのわらわ」とも言われます。凛として華やかな行列ながら、子供たちの可愛らしさがにじみ出ています。
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【近隣観光マップ】

【マップ掲載番号の説明】

  1. 京都御苑
  2. 京都御所建礼門
  3. 堺町御門
  4. 丸太町通
  5. 河原町通
  6. 今出川通
  7. 下鴨神社鳥居
  8. 糺の森
  9. 下鴨神社・馬場
  10. 下鴨神社(賀茂御祖神社)
  11. 河合神社
  12. 下鴨本通
  13. 北大路通
  14. 北大路橋
  15. 賀茂川
  16. 加茂街道
  17. 京都府立植物園
  18. 北山通
  19. 御薗橋
  20. 上賀茂神社(賀茂別雷神社)
  21. 大徳寺
  22. 相国寺
  23. 北野天満宮
  24. 二条城
  25. 平安神宮

近隣の観光スポット情報

上記の【近隣観光マップ】をご参照ください。

posted by はんなり・ジャーニー at 10:15 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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