
表門
真っすぐに高くそびえ立つ杉の巨木と並んで立つ石燈籠が印象的です。
西明寺(さいみょうじ)は、京都市北西部を流れる清流・清滝川に沿って上流に位置する栂尾山高山寺、下流に位置する高雄山神護寺のほぼ中間に位置し、栂尾(とがのお)、高雄(尾)とともに「三尾(さんび)」と称される槇尾(まきのお)に位置し、三尾の名刹として知られています。
西明寺は、つつましく小さな寺で、静かな境内が印象的です。
高山寺中興の明恵上人(みょうえしょうにん)がこの寺に住んでいたこともあるといいます。
創建

本堂
西明寺は、空海の姉を母とするところから空海の甥にあたると伝えられる智泉(ちせん)によって平安時代初頭の天長年間(824〜834)に、神護寺の別院として創建されたと伝えられています。
智泉は、延暦(えんりゃく)23年(804)7月、入唐留学僧空海の乗る遣唐使船に侍者として同行しています。
大同(だいどう)元年(806)10月、空海とともに唐から帰国し、同4年(809)7月、嵯峨天皇の勅命により空海が入京し、高雄山寺(後の神護寺)に入ることになった時、智泉も随行しました。
智泉は後に空海の十大弟子の一人に挙げられており、空海が唐から持ち帰った密教について、「密教のことは智泉に任す」といわれるほどの信任を得ていた人でした。
しかし、天長2年(825)、病のため高野山にて空海に先立って死去してしまいます。空海は痛くこれを慟哭したと伝えられています。
復興

境内
その後荒廃したとされますが、鎌倉時代後期の建治年間(1275〜1278)、後宇多法皇の帰依を得た我宝(がほう。尊称、自性上人(じしょうしょうにん))によって本堂、経蔵、宝塔、等が建てられて復興されました。正応(しょうおう)3年(1290)、後宇多法皇より平等心王院(びょうどうしんのういん)の号を賜ると神護寺より独立します。
再興

客殿
当初は食堂(じきどう)と称して、僧侶の生活や戒律の道場として使用されていたといいます。
室町時代末期の永禄(えいろく)年間(1558〜1570)には兵火にあって焼亡し、廃墟と化していたといいます。その後、江戸時代初期の慶長7年(1602)、西大寺の友尊とともに栂尾の高山寺で自誓受戒(じせいじゅかい)した明忍律師(みょうにんりっし)がこの廃寺に草庵を営んだことから再興に至ったと伝えられています。西明寺という寺号はこの頃から使われるようになったといいます。
明忍律師は、慶長9年(1604)、戒律を学ぶ為に明(みん)に渡ることを計画し、対馬に滞在していた慶長15年(1610)、念願を果たせずして病に斃れ、遂に帰らぬ人となってしまいました。
錦模様

石碑と槇の木
石碑には、自性上人が詠んだ
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白露の おのがすがたを そのままに
紅葉に置けば 紅の玉
(白露を紅葉の上に置くと、白露自体は何も変わらないのに、(露本来の透き通る性質から)紅の玉となって紅色に輝いている。)
「三尾」は、紅葉の名所としても広く知られているところです。
紅葉シーズンともなると、多くの人が訪れる「三尾」の中にあって、西明寺は日頃の様に似て別世界のように静かで、紅葉狩りの穴場です。燃えるような紅色、黄金色、朱色が混じり合って自然が創りだすえも言われぬ錦模様はまさに圧巻です。
写真集(10枚の写真が表示されます。)
紅色、黄金色、朱色の錦模様が広がります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 京都市右京区梅ケ畑槇尾町2 |
| 山号 | 槙尾山 |
| 宗派 | 真言宗大覚寺派 |
| 本尊 | 釈迦如来 |
| 創建年 | 天長年間(824〜834) |
| 開基 | 智泉 |
| 文化財 |
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【境内概観図】※図の操作については下記をご参照ください。
【マップ掲載番号の説明】
- ※
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近隣の観光スポット情報
西明寺表門を出て指月橋を渡って左へ曲がり、清滝川上流沿いに周囲の景観を楽しみながら府道138号から国道162号(周山街道)に出て、トータルでおよそ20分歩くと高山寺に着きます。逆に指月橋から右へ曲がり、府道138号を清滝川下流沿いにおよそ15分歩いたところに神護寺があります。(参考:神護寺の参道は、傾斜のある、比較的長い石段になっています。)


