
藪の羅漢
愛想のいい表情で、『ほっ、ほっ、ほっ。そうじゃのう〜』とでも言っているかのように思えます。
白沙村荘(はくさそんそう)は、日本画家橋本関雪(はしもとかんせつ。明治16年(1883)〜昭和20年(1945))が、自らの新たな制作の現場(アトリエ)として造ったものを、そのまま橋本関雪記念館としたものです。
庭園は国の名勝に指定されており、その庭園と一部の建造物が、橋本画伯の作品やコレクションとともに公開されています。
白沙村荘は、今出川通(いまでがわどおり)を通って銀閣寺に行く時にはその前を通ります。ですが、銀閣寺という大きな目標があるせいか、いつのまにか通過されてしまうことが多いようです。都会の中にあって、ひっそりと広がる白沙村荘の庭園は、なかなかに味のあるところだと思うのですが・・・。
如意ヶ岳の「大」文字を正面に

東山如意ヶ嶽・大文字山を望む
大正5年(1916)10月、関雪が昨年より仮住まいしていた南禅寺山内金地院(こんちいん)を離れて、新居が完成した当地に転居してきた時は、周囲は田圃(たんぼ)ばかりの土地であったようで、「南禅寺からここへ来る途中、住宅と言ってはところどころに散在している程度で、見渡す限りほとんど青田といってよく、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の咲くころは落水のために下駄を濡らすことすらあった。」(「白沙村荘パンフレット〜橋本関雪遺稿〜」)と書き置いています。その頃から100年近くも経ち、環境整備も進んだ現在では当時の面影は残っていません。
白沙村荘のあるこの界隈には銀閣寺をはじめとした歴史ある寺社仏閣も多く、また哲学の道も近くにあって、東山(ひがしやま)の稜線を望むことのできる、地理的に恵まれた場所といえます。
「大画室・存古楼(ぞんころう)は如意ヶ岳の大文字を正面に見る位置に建て、しかもその前面に大文字が映るように池を穿(うが)って」あり、「8月16日大文字送り火の際には、この池に送り火を映して観賞するように構成されており、その数十分間がこの庭園のひとつのクライマックス」(『日本庭園学会誌』第5号 小野健吉「橋本関雪の作庭」 1997年)であったようです。送り火は30分間ほど燃えたあと次第に消えていきますが、その間はさぞ趣きのあるひとときだったであろうことが想像されます。
白沙村荘が建てられてから100年近くの歳月が流れた今日では、山の木々の丈が伸びたことなどもあって「大」文字も次第に見えにくくなり、池に映る光景を見ることはなくなったといいます。ただ、大画室・存古楼に入って前に広がる芙蓉池を眺め、その背後にそびえる山に目をやれば、山の頂き近くに大文字の「大」の字の存在を認めることができます。
手を入れ続けた庭園

芙蓉池
秋が深まるころに見られる紅葉の景観は別の美しさを見せてくれます。
自ら白沙村荘と呼んだ関雪邸が、現在の姿になるまでには約30年近くかかったといい、、関雪が飽きることなく庭に手を入れ続け、その間、6〜7回もの拡張がなされたといいます。
総面積は10,000uで、そのうち記念館として登録されている部分は約6,000uです。庭園は、白沙村荘庭園として国の名勝に指定されていて、3つの池を配し、大文字山を借景とした、池泉回遊式借景庭園の形式をとっています。
白沙村荘の庭園を歩いていると目につくのが石仏や石灯籠などの多数の石造美術品が配置されていることです。
関雪は石造美術品集めには思いのほかご執心だったようで、ある時は、東大寺の前にある八角の国宝の大灯籠を自分のコレクションに加えようと、東大寺にお願いしたこともあったそうです。言うまでもなく、東大寺からは断られたわけですが、石造美術品収集にかけた情熱には並々ならぬものがあったことが伺えます。
庭園を巡る時には、宝探しのように、石仏や石灯籠がどこにどんなものが配置してあるのかを見て回るのも面白いものです。
写真集1(28枚の写真が表示されます。)
存古楼(ぞんころう)は橋本関雪が生前使用した画室(アトリエ)で、晩年の大作はここで生まれました。
藪の羅漢
寺仏堂の西側にあたる庭園の奥に「藪の羅漢」と呼ばれる一画があります。そこは竹藪となっていて、それぞれが異なった表情をした、およそ30体ほどの石仏・石像が配置されています。
昭和7年(1932)、関雪が49歳の時、妻ヨネが亡くなりました。ここに配置されている石仏・石像は、関雪が妻の供養のために全国を回って集めたものといい、さらに傍らにある寺仏堂の方に向けて配置されたものだそうです。
今日、それぞれの石仏・石像を見ていると、一つ一つに味のある表情豊かなものがあって、見る人を飽きさせないものがあるように思われます。
写真集2(22枚の写真が表示されます。)
気に入ったものを探してみるのも一興です。
都市の中で
白沙村荘の入口を入ると左手に大きな国東塔(くにさきとう)(写真集1の写真4)が見え、その前を少し過ぎた所の右手に、潜り戸と思われるほどの華奢でわびた門(写真集1の写真5)があります。その門の左右の柱に次のような対聯(たいれん)が掛けられています。
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結屋在城市
掩石即深山
「都市(城市)の中にあって、深山に住むかのごとくひっそりと暮らす。」(「白沙村荘パンフレット」)
写真集3(12枚の写真が表示されます。)
ひなびた茅葺きの門が風情を漂わせます。
【概観図】※図の操作については下記をご参照ください。
【マップ掲載番号の説明】
- ※
- 図中の右上に表示されている「地図」をクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、図を拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
- 出入口
- 中画室・懶雲洞(らんうんどう)(内部非公開)
- 主屋・瑞米山(ずいべいざん)(内部非公開)
- 大画室・存古楼
- 芙蓉池
- 国東塔(くにさきとう)
- 対聯(たいれん)の掛かる門
- 茶室・如舫亭(にょほうてい)
- 茶室・憩寂庵(けいじゃくあん)
- 茶室・倚翠亭(いすいてい)
- 夕佳門(ゆうかもん)
- 持仏堂
- 舞台石
- 藪の羅漢
- 展示室
- 銀閣寺(慈照寺)
- 哲学の道
- 法然院
- 今出川通
- 白川疏水通
- 大文字山(※1)
図の操作について
- 図の上でマウスを任意の方向に動かす(ドラッグする)と表示範囲が変わります。
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近隣の観光スポット情報
上記【概観図】をご参照ください。


