
千本鳥居
鳥居を奉納する習わしは江戸時代に始まったといい、なかでも、奥宮から奥社奉拝所にいたる参道に、隙間なく立ち並べられて名所となっているのが千本鳥居(せんぼんとりい) です。
「稲荷塗(いなりぬり)」と呼ばれる多数の朱(あけ)の鳥居は、伏見稲荷大社を特徴づけるものとして広く知られています。
「お稲荷(いなり)さん」の名で知られ、全国に約3万社あるといわれる稲荷社の総本宮、伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)。
これは全国に約44,000社あるとみられる八幡宮(社)に次ぐ多さだといいますが、稲荷社の約3万社には個人の家、ビルや田畑の一画、町の横町等々に祀られている小祠(しょうし)は含まれていません。これらを合わせると如何にその数が多いかは想像さえ超えてしまいます。
伏見稲荷大社は、北は比叡山(ひえいざん)から始まる東山三十六峰(ひがしやまさんじゅうろっぽう)の最南端、標高233メートルの稲荷山(いなりやま)の西麓に鎮まり、そこには稲荷大神(いなりのおおかみ)と総称される宇迦之御魂大神 (うかのみたまのおおかみ)を主祭神とする五柱の祭神が祀られています。
参拝者の多さに加えて、中でも外国の人が多いのには目を見張ります。伏見稲荷大社そしてその神体山・稲荷山の神蹟が醸し出す独特の雰囲気は、日本人から見てもそうであるように、外国の人にとってはなおさらのごとく「東洋の神秘」なるものが引き付ける要因ともなっているのでしょうか。
創始起源
伏見稲荷大社の創始起源については、『山城国風土記(やましろのくにふどき)』の逸文(いつぶん)に次のような内容のことが記されています。
奈良時代の和銅(わどう)4年(711)2月初午(はつうま)の日(2月7日)の事。
秦氏(はたうじ)の遠祖、秦公伊侶具(はたのきみいろぐ)が富み栄えていた。ある時、餅を用いて的(まと)としたところ、その餅が白い鳥となって飛び去り、山の峰に降り立った。するとそこから稲が生えてきた。
この中の、山は稲荷山のことで、餅は穀霊、稲魂(いなだま)を象徴するものとされ、稲荷山の峰に降り立った白い鳥も穀霊と関わりの深いものとされます。つまり、餅と白い鳥は穀霊、稲魂としての神と見られているのです。こうして、稲荷山に神が鎮座したと伝えられ、祀られることとなります。
そして、「稲が生えてきた」に相当する原文の「伊禰奈利生」(いねなりおいき)から「伊奈利(イナリ)」となり、「イナリ」の化身である神像が稲を荷なっていたところから「伊奈利」に「稲荷」の字があてられ、これが社名となったと見られているのです。
伏見稲荷大社は上記の如く、また「お稲荷さん」の名からも察せられるように、稲の穀霊信仰を起源としています。そのために、稲作を中心とする農業の神として崇敬を集めていますが、それだけにとどまりません。職人の守り神として、商売繁盛の神として、福徳授与の神として、広く信仰を集めています。
そして、千本鳥居に見られるように、今日では多種多様な業種の企業などから鳥居の奉納が行われているのです。
稲荷山に神が鎮座して以来、1300年の時が流れています。
写真集1≪境内≫(30枚の写真が表示されます。)
府道沿いに朱色が際立ち、眷属の狐が目を引きます。訪れた多くの人が先ず写真を撮っている所でもあります。
この鳥居の前には、府道を挟んでJR奈良線の稲荷駅があります。
稲荷と狐
「お稲荷さん」といえば狐を連想するように、狐が稲荷神の眷属(けんぞく)、すなわち神のお使いであることは広く知られています。
しかし、何故、狐が稲荷神の眷属となったのかについては定かな事はわかっていないといいます。
これに関しては、次のような話が伝わっています。
昔、伏見稲荷大社の北北西に位置する船岡山(ふなおかやま)(京都市北区紫野北舟岡町に位置。大徳寺の南、金閣寺の東にあたります。)辺りに年老いた夫婦の狐が棲んでいました。男狐は銀針を並べたような白く美しい毛並みを持ち、女狐は鹿の首に狐の身体でした。その夫婦には五匹の子狐がいましたが、それぞれがこれまた不思議な姿をしていました。
弘仁(こうにん)年間(810〜823)、この夫婦の狐が子狐を連れて南の方角へ下って稲荷山にやって来ました。そして神前にひざまずいて願い事をします。
私たちはこのような身体をしてはいますが、本来霊知を有しています。そして、この霊知を存分に生かして、世を守っていこうという思いを強く持っています。しかしながら、今のこのような身体ではその願いを遂げることはできません。そこで、願わくば、今からこの社(やしろ)の眷属となって、神威をかりて私たちの願いを果たしてゆきたいと思っています、と。
これを聞いた稲荷神は喜んでその願いを聞き届けます。・・・
という説話です。
ただ、先述のように、この稲荷と狐との関係についてははっきりしたことは分からないとしながらも、主祭神、宇迦之御魂神 は別名、御饌津神(みけつかみ)とも称されます。そこから狐の古名「ケツ」との音通により「三狐神(みけつかみ)」の字をあてたことから狐との関係が生まれてきたのではないかとも考えられています。
写真集2≪稲荷山「お山」めぐり≫(42枚の写真が表示されます。)
外国から訪れた人たちも必ずと言っていいほどカメラにおさめる撮影スポットです。どちらから入っても出口は同じ所です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 京都市伏見区深草藪之内町68 |
| 祭神 | 主祭神(宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ))と配神(佐田彦大神(さたひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)、田中大神(たなかのおおかみ)、四大神 (しのおおかみ))の5柱(総称:稲荷大神) |
| 創建年 | 和銅4年(711) |
| 主な祭事 | 初午大祭 (はつうまたいさい)、稲荷祭(いなりさい)、本宮祭(もとみやさい)、火焚祭(ひたきさい)ほか |
| 文化財 |
|
【境内概観図】※図の操作については下記をご参照ください。
【図中番号の説明】
- ※
- 図中の右上に表示されている「地図」をクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、図を拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
- +++境内+++
- 表参道
- 熊野社
- 霊魂社
- 藤尾社
- 神幸道
- 楼門
- 外拝殿
- 荷田春満(かだのあずままろ。江戸時代の国学者で当社の祠官(しかん)だった人。)旧宅
- 御茶屋
- 神楽殿
- 内拝殿
- 本殿
- 権殿
- 長者社
- 荷田社
- 五社相殿舎
- 両宮社
- 玉山稲荷社
- 神馬社
- 神馬社
- 白狐社
- 奥宮(上御殿)
- +++稲荷山「お山」めぐり+++
- 千本鳥居
- 奥社奉拝所
- おもかる石
- 新池(こだま池)
- 熊鷹社
- 三ツ辻
- 三徳社
- 四ツ辻
- 三ノ峰下社
- 二ノ峰中社
- 一ノ峰上社
- 春繁社
- 御剱社(長者社)
- 剱石
- おせき社
- 薬力社
- 薬力の滝
- 傘杉社
- 天龍社
- 清明舎
- 清滝社
- 山上祈祷所
- 眼力社
- 大杉社
- 荒神峰田中社
- 東福寺(※)
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近隣の観光スポット情報
上記の【境内概観図】をご参照ください。


