
剣鉾列
剣鉾列は後に続いてやってくる神輿を先導し、剣鉾を持つ男衆(写真中央)が身体と足を左右に振るようにして進む独特の歩き方で鉾の上部にある鈴(りん)を鳴らして邪気を払います。その光景に沿道の多くの人たちの視線が集まります。
背後には新緑に覆われた嵐山が見えています。
愛宕神社と野宮神社の祭礼
清凉寺(せいりょうじ)(嵯峨釈迦堂)の山門(仁王門)前から渡月橋のある南東方向へと真っすぐに延びる道路(京都府道29号)を100メートルも行かないところに愛宕(あたご)神社があります。ここは、愛宕神社と野宮神社(ののみやじんじゃ)の御旅所(おたびしょ)(神社の祭礼のとき、神輿(みこし)が渡御(とぎよ)して祭神が巡行するとき、仮に神輿を鎮座しておく場所。)ともなっており、毎年5月に開催される嵯峨祭(さがまつり)の拠点となっています。
嵯峨祭は、450年以上の歴史をもつとされることから室町時代末頃には既に行われていたようで、江戸時代までは大覚寺(だいかくじ)が執り行った祭りだったといいます。歴史ある寺社仏閣が数多く存在する嵯峨野一帯の中で大覚寺へ神輿が渡御するのもその関係があるからなのでしょうか。
今日では、愛宕神社と野宮神社の祭礼として広く知られ嵯峨祭奉賛会によって執り行われていますが、祭神が二社で、神輿も二基ある事が祭りの特徴の一つとなっています。
嵯峨祭は、5月の第3日曜日に神幸祭(しんこうさい)が、第4日曜日に還幸祭(かんこうさい)が行われます。
当記事では、2014年の還幸祭について掲載しています。
祭り(還幸祭)の流れ
第4日曜日の午前10時、長さ約5メートルの剣鉾(けんぼこ)を先頭に、愛宕大神と野宮大神を乗せた神輿2基を担いだ勇壮な行列が清凉寺近くの御旅所を出発し、大覚寺へと向かいます。その後、同じく愛宕大神と野宮大神を乗せた二基の子供神輿が、子供たちの手によって担がれて出発します。
大人が担ぐ神輿と子供神輿のルートは異なりますが、2014年は、前年秋の台風18号に伴う復旧工事の影響で巡行路が変更され、神輿が初めて渡月橋を横断しています。
それぞれが氏子町内を一巡した後に、午後3時前頃には大堰川(おおいがわ)(桂川)右岸の嵐山公園中之島地区に集結。
観光で嵐山・嵯峨野を訪れていた人たちは当初、一体何事か、といった面持ちで見ていた顔も、すぐに、祭りが行なわれていると察すると、幸運とばかりに行列を見物してはその光景を写真に収めています。
嵐山公園中之島地区からは御旅所へと戻ることになりますが、ここからは可愛らしい稚児行列も加わって行列の先頭を進みます。その後順次、子供神輿、剣鉾列、そして神輿と続きます。
こうして、午前10時に御旅所を出発した行列は、午後5時には再び御旅所へと戻り、嵯峨祭は幕を降ろします。
嵯峨日記
この嵯峨祭のことは、松尾芭蕉(まつおばしょう)の著した『嵯峨日記(さがにっき)』にも記されています。
向井去来(むかいきょらい)の師・芭蕉は、江戸時代のほぼ初期にあたる元禄(げんろく)2年(1689)8月、奥の細道の旅を終えていますが、この年の冬に、去来が嵯峨に落柿舎(らくししゃ)と名付けた草庵を訪れています。その後、元禄4年(1691)の夏、元禄7年(1694)の夏と、三度訪れ滞在しています。1回目と2回目の時は去来が落柿舎を改築する前で、3回目の時は改築後になります。
芭蕉は都の華やかな町中を離れた、ボロボロのわびしい様の草庵である落柿舎を「今のあはれなるさま」として、却ってゆかしく眺め、気に入っていたといいます。
芭蕉はこの二度目の訪問時の元禄4年4月18日から翌月の5月5日までの十八日間落柿舎に滞在した時に『嵯峨日記』を著していますが、その4月20日の条の冒頭に次の記載がみられます。
-
北嵯峨の祭見むと羽紅尼(うこうに)来(きた)ル。
去来京より来ル。途中の吟とて語る。
(以下略)
[北嵯峨の愛宕(あたご)権現の祭りを見ようと、芭蕉の門人、凡兆(ぼんちょう)の妻の羽紅尼が来る。
去来が京都から来る。途中(「道中」の意とも)の作だとしながら次の句を語る。]
日記に言う「北嵯峨の祭」が嵯峨祭を指しています。
日記によると、この日は、凡兆もやって来て、芭蕉、去来、凡兆、羽紅の4人(あるいは他に下男が加わって5人とも)が、ボロボロのわびしい様の落柿舎に泊まっています。ただ、一張りの狭い蚊帳(かや)の中に寝たことから寝苦しく、結局皆目が覚めてしまったために、起きて菓子や酒などを取りだして朝まで語り明かしたと記しています。
昼間に皆で祭りの見物に出かけたかどうかについては『嵯峨日記』には触れていませんが、ひょっとしたら祭りの話も話題の一つに挙げられて盛り上がったのでしょうか・・・。
写真集(40枚の写真が表示されます。)
御旅所前に立てられた五基の剣鉾。神輿に先だって巡行します。鉾の先は「剣」となっています。
向かって右より澤潟(おもだか)鉾、龍鉾、麒麟鉾、菊鉾、牡丹鉾です。
【近隣観光マップ】※図の操作については下記をご参照ください。
【図中番号の説明】
- ※
- 図中の右上に表示されている「地図」をクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、図を拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
- 愛宕神社(愛宕・野宮両神社御旅所)
- 清凉寺(嵯峨釈迦堂)
- 大覚寺
- 大沢池
- 落柿舎
- 野宮神社
- 嵐山公園中之島地区
- 法輪寺
- 千光寺
- 大堰川(桂川)
- 渡月橋
- 三条通
- 嵐山公園臨川寺(りんせんじ)地区
- 嵐山公園亀山地区
- 天龍寺
- 嵯峨野・竹林の道
- 大河内山荘
- 常寂光寺
- 二尊院
- 厭離庵
- 宝筐院
- 檀林寺(だんりんじ)
- 祇王寺
- 滝口寺
- 化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)
- 「嵯峨鳥居本」重要伝統的建造物群保存地区
- 愛宕神社一の鳥居
- 直指庵
- 広沢池
図の操作について
- 図の上でマウスを任意の方向に動かす(ドラッグする)と表示範囲が変わります。
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近隣の観光スポット情報
上記の【近隣観光マップ】をご参照ください。


