
斎宮代
渡月橋にて。
10月も半ばを過ぎ、少しずつ秋の気配が感じられるようになった嵯峨野・嵐山では、かつての「斎王群行」を再現した斎宮行列が行われ、嵯峨野・嵐山を訪れていた人たちの目の前に突如として繰り広げられる平安の王朝絵巻は、居合わせた人たちの目を引き付けています。
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斎王群行
古代・中世において天皇が即位するごとに、天照大神(あまてらすおおみかみ)の杖代わりとなって奉仕する者(御杖代(みつえしろ))として、占いで定められた未婚の皇女が伊勢神宮に斎王(さいおう)(斎宮(さいぐう))として派遣されました。
斎王には伊勢神宮に赴くのに先立って身を清めることが求められました。そのために設けられた精進潔斎の場所が野宮(ののみや)と呼ばれました。野宮が設けられる場所は一定しませんでしたが多くは洛西(らくさい)に設けられたようです。今日の野宮神社もその一つなのです。そして斎王が伊勢神宮に赴任していくと野宮は取り壊されたのでした。
斎王に随行する官人・女官などは数百人にも及び、京を発ってから伊勢の斎宮(※)に到着するまでには、 5泊6日もかかったといいます。
- ※
- 斎宮は、未婚の皇女としての「斎王」と、その「宮殿施設」のことをいい、ここでは「宮殿施設」を指しています。
このような斎王制度の確立は、7世紀後半の飛鳥時代の末における天武(てんむ)天皇の頃とされ、およそ660年の間に64人の斎王が遣わされていたと言い伝えられています。
しかし、長年に亘って受け継がれてきたこの斎王制度も14世紀後半における南北朝の争乱の中、廃絶してしまいました。
嵯峨野から嵐山へ
斎宮行列は、当時、命を受けた斎王が、「斎王群行」と呼ばれる、京の都から伊勢の斎宮へと向かう旅を再現したものです。
斎宮行列では、斎宮として皇女にお願いするわけではなく、その代わりの役を担ってくれる人が選任されます。それ故に「斎宮代」と呼ばれます。ちなみに、「斎宮代」に相当するものとして賀茂祭(葵祭)では「斎王代」と呼ばれています。
野宮神社の例祭である斎宮行列は、先ず神社にて儀式が執り行われた後、約160人から成る華やかな平安装束に身を包んだ一行が正午に野宮神社を出発し、嵯峨野・竹林の道を抜けてJR嵯峨嵐山駅へと向かいます。JR嵯峨嵐山駅では子供の列が合流します。更に牛車(ぎっしゃ)も列に加わり、平安朝行列の雰囲気が高まります。
そこからしばらく進んだ後に天龍寺前を通って渡月橋を渡り、嵐山公園〜中之島地区〜へと入ります。ここでは行列に参加している人たちが居並んでの記念撮影があります。
その後、再び渡月橋を渡って「御禊(みそぎ)の儀」が行われる保津川左岸へと向かいます。川辺に於いて、女官を従えた斎宮代の御禊の儀が執り行われます。
斎宮行列の締めくくりとして、日本古来の音楽と舞による雅楽(ががく)が奉納されます。
今年(2014年)で16回目となる斎宮行列は10月19日(日)に行われています。
写真集(41枚の写真が表示されます。)
ここ最近朝夕の冷え込みがあったせいか、秋の気配が感じられるようになってきました。
【近隣観光マップ】
【図中番号の説明】
- 嵐山公園中之島地区
- 渡月橋
- 御禊の儀
- 宝厳院
- 天龍寺
- 天龍寺総門
- ここから野宮神社・嵯峨野・竹林の道へ
- 野宮神社
- 天龍寺北門
- 竹林の道
- 嵐山公園亀山地区と竹林の道との出入口
- 嵐山公園亀山地区展望台
- 常寂光寺
- 落柿舎
- 二尊院
- 厭離庵
- 清凉寺
近隣の観光スポット情報
上記の【近隣観光マップ】をご参照ください。


