
展望台広場
当パークのスタッフの人たちも広場に常時待機されているので安心です。
風光明媚な景観で知られる京都屈指の観光地、嵐山。そのすそ野を流れる桂川(保津川)右岸沿いに位置する嵐山の支峰、岩田山にある約6,000平方メートルの広さをもつ野猿公園として知られるのが「嵐山モンキーパークいわたやま」です。
120頭ほどいるという当パークのニホンザルは餌付けされていて、必ずしも野生状態そのままを見ることができるというわけではないようです。が、ここには動物園で見るサル小屋や柵といったものはなく、訪れた人と同じように辺りを自由に歩き回って普段通りの生活を送っている野生の群れの姿を見ることができます。園内のルールを守ってさえいればサルに襲われるといったこともなく、近い距離で写真を撮ったり観察もできるのです。ちなみに餌付けができるようになったことは接近観察が可能となり、接近観察は個体識別を可能にしたことで、サルは全て個体識別がされているといいます。
日が暮れればサルは近くのねぐら、と言っても小屋があるわけではなく、身を守るため木の上へと上って夜を過ごし、日が昇ると再びえさを求めてやってくる、という日々を送っているのだそうです。
サルを見ることのできる広場は展望台ともなっており、京都市内を一望できる人気スポットでもあります。
餌付けを重ねて岩田山へと誘導、そして定住
昭和27年(1952)6月から大分市にある高崎山の野生ザルの餌付けが試みられ、翌年の2月には人が与えた餌をサルが食べるようになり餌付けが成功しています。これを受けて同年3月には高崎山自然動物園としてスタートしました。
これを機に日本各地の野生ザル生息地ではサルを観光振興に活かしたいとの思いから餌付けが流行となったようです。
嵐山もその例外ではありませんでした。
嵐山界隈では、毎年晩秋の頃ともなると何処からともなく保津川べりの国有林内にサルの群れが現れ、やがてまた、何処へともなく去ってゆくという光景が見られていたようです。そこで、このサルたちを嵐山の一定地区に誘導して、定着させたいという要望が地元から上がってきたのです。そこで京都大学の霊長類研究グループや農林省京都営林署、京都観光局等をはじめとした関連部局の人たちが招集され、会合が持たれました。その結果、
- 風致保安林である国有林内には今後人やサルを一切入れないようにすること。
- 周囲の人家・社寺・田畑・マツタケ山などに迷惑を及ぼさないこと。
〜遠藤周作著『彼の生きかた』より〜
等の様々な厳しい制約条件の中で実施することができるようになり、サルを定着させる場所(野猿遊園地)を渡月橋にほど近い嵐山主峰の東麓、岩田山とすることも決まりました。そして、サルのことに関してはニホンザルの研究者、間直之助(はざまなおのすけ)に一任されることとなったのです。時に昭和29年7月。間直之助は遠藤周作著『彼の生きかた』の主人公のモデルとなった人でもあります。
とはいえ、上記に挙げたような厳しい制約条件をクリアするには、間は、
- いままで広大無辺な大自然の中で伸び伸びと自由に行動していた野生ザルに、彼らがその遠い祖先より受けついできた根強い移動本能を忘れさせ、さらには囲いなき猫の額ほどの狭い場所に定着させなければならない。
- たとえ定着に成功したとしても、そのあとに新天地と隣接地との間の境界線をサルにハッキリと認識させ、その線から外には決して出ないように仕向けなければならない。
〜遠藤周作著『彼の生きかた』より〜
ということが要求されると考えました。しかし、間は果たしてこのようなことができるのかとの思いに気持ちがひるみそうになったといいます。
とはいえ、事の成否はともかく、これまで半世紀をかけて培ってきた自らの研究成果を実地に試す絶好のチャンスだと前向きに捉え、とにかく自分の全精魂を尽くしてみようと思い直したといいます。
間が実際に着手してみると、晩秋の頃になると何処からともなくやってくるというサルの消息については「まったくつかめない暗中模索」という状態が続いたようです。そんな中、「丹波の鴎谷(かもめだに)というところにゆけば、いつでもたくさんのサルが見られる」という情報を得ます。鴎谷は、渡月橋から保津川沿いに4〜5キロメートルほどを遡った左岸沿いにその入り口があり、そこから奥地へと入って行ったところにある事も分かりました。しかし、地理的関係から間は当初、サルにとって山奥の鴎谷からは遠方(※)になる嵐山辺りまで果たして遠征してやってくるだろうか、との疑念の方が強かったようです。
- ※遠方
- 一群あたりのニホンザルの行動域は、群れ サイズ(個体数)の大きさやその地域の植生などによって異なるとされますが、数平方キロメートルから数10平方キロメートル(特に広い場合は100平方キロメートルにもなる場合もあり)とみられています。ここで鴎谷のサルの行動域をそこを拠点として50平方キロメートル相当の円形の地域と仮定すると、その半径、即ちサルの行動半径は4キロメートルほどと推定され、鴎谷から嵐山辺りまでの距離はその行動範囲を大きく超えてしまうことによるものと思われます。
とはいえ、間の粘り強い調査の結果、鴎谷を拠点とするサルと嵐山辺りへとやってくるサルとは同じサルであることが確認されたのです。このサルの群れは、早春と晩秋には嵐山国有保安林内に豊富にある大好物の新芽や木の実、草の実を求めて嵐山主峰まで遠征して来るものの、その他の季節は出産や育児などのために人里離れた鴎谷の本拠地に戻って行く、という実態が分かったのでした。
ここで余談ながら、鴎谷と嵐山とを行き来するにはその間に流れる保津川を渡らなければなりません。どのようなルート・方法で行き来していたのか興味がわくところです。以前、保津川の右岸に沿って遡ったことがありましたが、その時対岸を下流(嵐山方面)に向かって移動する野生のサル5〜6匹に出くわしました(記事「保津峡」の写真集3の写真12・13参照)。ひょっとしたら今も鴎谷辺りから遠征してきているのかもしれませんが、間が確認した当時のサルたちも保津川の左岸沿いを下って嵐山方面へとやって来ていたのかもしれません。その途中で、ニホンザルは流れの緩やかな浅瀬を見つけ場合によっては泳げることを利用して保津川を渡っていたのか、恵まれた身体能力を活かして両岸の間に転がる岩から岩へと飛び移りつつ渡っていたのか、はたまたいつの頃からか山陰本線(1933年全通)の鉄橋を列車の通過しない時間帯を学習し覚えて渡っていたのか、などなど想像は尽きません。ニホンザルは昼行性(ちゅうこうせい)なので当時は全くの野生のニホンザルが人通りの多い渡月橋を群れで昼間に渡って嵐山へと向かっていたとはとても考えられないのですが・・・。
さて、それからというもの間は、2年がかりでサルにイモやリンゴなどで餌付けを重ね、岩田山へと誘導し、一匹一匹根気よく教え導いていったといいます。その結果、サルたちは年間を通して完全に新地に定着してくれたのです。しかも、新天地と隣接地との間の境界線を正確に守ってくれるようにもなったのです。野生ザルの定住化に臨んで間は一時は気持ちがひるみそうになったものの、全精魂を尽くしたことが報われたのです。
こうしてサルたちの新地は昭和31年(1956)春には一般に無料開放され、人が訪れてサルの日常を見ることができるようになったのです。併せて野猿公園としての設備や陣容が整えられて翌年の3月に有料公開されることになりました。
嵐山に観光の名所が一つ加えられたことになったのです。
外国人観光客に大人気、かのハリウッドスターも・・・
当パークには海外からの旅行客が数多く訪れているようで、平日は入園者の8割ほどを占めるようです。中でも欧米人が圧倒的に多いといいます。
サルの仲間は主に中南米、アフリカ、南アジア、東アジアの熱帯や亜熱帯地域に生息しています。これに対して、日本では雪の中で温泉にどっぷりと浸かるニホンザルが思い浮かぶように、ニホンザルは雪の降る地域にも生息する北限のサルといえます。そのため、ニホンザルは英名では「Japanese monkey」と呼ばれますが、「スノーモンキー(Snow monkey)」とも呼ばれています。ニホンザルが生息している青森県の下北半島は、世界のサルが生息する最北限として知られています。即ち人間以外で地球上で最も北に暮らす霊長類はニホンザルなのです。特に積雪地域に生息しているニホンザルは人を除く霊長類としては珍しい分布域をもっているとさえ言われているほどです。
日本人にとっては、北海道を除く日本各地に生息するニホンザルは比較的なじみのある動物と言えます。一方、欧米には野生のサルがいないため、非常に珍しい存在として扱われているのです。そのため、間近に自然のサルを見ることができる上に触れ合うこともできる、というのは欧米人にとっては貴重な体験とされ、これが当パークの人気の秘密となっているようです。当パークに限らず、日本各地のサルを見ることのできるスポットは海外からの旅行客の人気が高いようですが・・・。
かの有名なハリウッドスターのトム・クルーズが当パークにお忍びで訪れ、大喜びだったとか。彼がネット上で絶賛したことは当パークが広く知られるようになったことに一役買ったようです。と同様に、当パークを訪れた海外からの訪問客によってインターネットや口コミでも広まったようで、その結果、海外からの訪問客が爆発的に増えたといいます。
写真集(20枚の写真が表示されます。)
渡月橋のすぐ南にある渡月小橋(とげつこばし)の南詰めから桂川沿いに50メートルほど上流に行くと、左手に写真に見る光景が目に入ってきます。写真右側に見えるのは櫟谷宗像(いちたにむなかた)神社(松尾大社(まつのおたいしゃ)の摂社)の社号標です(社号標には「松尾神社」と表記されています)。石段を登って左へ曲がると嵐山モンキーパークいわたやまの入園口があります。まっすぐに進めば社殿へと向かいます。
おサルさんのいる展望台広場までは森林の中の遊歩道を20分ほどかけて登ります。
【近隣観光マップ】※マップの操作については下記をご参照ください。
【マップ掲載番号の説明】
- ※
- マップ中の[地図]のボタンをクリックして、その下に表示される「航空写真」をクリックし、マップを拡大表示する(下記「マップの操作について」参照)とよりはっきりと見ることができます。
- 渡月橋
- 嵐山公園中之島地区
- 渡月小橋
- 桂川(保津川・大堰川)
- 入り口
- 櫟谷宗像神社
- 嵐山モンキーパークいわたやま入園口
- 展望台広場
- 法輪寺
マップの操作について
- マップの上でマウスを任意の方向に動かす(ドラッグする)と表示範囲が変わります。
- マップ中の+(プラス)ボタンをクリックする毎にマップが拡大され、−(マイナス)ボタンをクリックする毎にマップが縮小されます。
- マップ中の[地図]のボタンをクリックすると地図タイプを切り替えることができます。
- 非表示にした吹き出しを再度表示するには、赤いアイコンをクリックして下さい。
- 最初の状態に戻すには、キーボードのF5キーを押下してください。
近隣の観光スポット情報
上記の【近隣観光マップ】をご参照ください。


