
4年ぶりに!
賀茂祭(葵祭)の「路頭の儀」の祭列が動き出しました。
天皇皇后のほか外国元首などの国賓来訪の通行のときのみに開かれる、最も格式の高い門にして、京都御所の正門である建礼門(写真左)前を、馬に乗って祭列を先導する乗尻(のりじり)が動き出しました。乗尻は、写真右側に見える朱色の衣装をまとった3騎と、その左側に見える白いテントの手前の3騎の計6騎です。
この建礼門前の白いテントには、京都市を私的に旅行されている上皇ご夫妻がおられたようで、賀茂祭(葵祭)「路頭の儀」の祭列を初めて観賞されたといいます。
天皇皇后のほか外国元首などの国賓来訪の通行のときのみに開かれる、最も格式の高い門にして、京都御所の正門である建礼門(写真左)前を、馬に乗って祭列を先導する乗尻(のりじり)が動き出しました。乗尻は、写真右側に見える朱色の衣装をまとった3騎と、その左側に見える白いテントの手前の3騎の計6騎です。
この建礼門前の白いテントには、京都市を私的に旅行されている上皇ご夫妻がおられたようで、賀茂祭(葵祭)「路頭の儀」の祭列を初めて観賞されたといいます。
新型コロナの影響で開催が見送られてきた、下鴨神社と上賀茂神社の例祭である賀茂祭(かものまつり/かもさい)が京都三大祭のトップを飾って4年ぶりに開催されました。ただ、開催予定日である5月15日は、祭列が進行する時間帯に雷雨などの雨の予報が出ており、翌16日は晴れの予報となっていることから翌16日への順延となりました。祭列が出発する京都御苑では、順延となったことを知らず祭列を待つ人の姿もあったようです。なお、天候不良により祭列が順延となるのは2012年以来11年ぶりだといいます。
賀茂祭は、約1400年前の欽明(きんめい)天皇の時代に風雨を鎮め、五穀豊穣(ほうじょう)を祈ったのが始まりとされています。江戸時代の中頃からは、祭の当日、御所車、参列者の衣装や冠等をフタバアオイの葉で飾るようになったことから「葵祭」(あおいまつり)とも呼ばれるようになっています。
祭列が道路を進む「路頭の儀」は、平安装束に身を包んだ総勢約500人、牛馬40頭、そして風流傘などから構成された約1キロメートル近くにも及ぼうかという列が、京都御所建礼門(けんれいもん)前を出発し、下鴨神社を経て上賀茂神社までの約8キロメートルを雅な平安絵巻を繰り広げながら行進して行われます。
沿道には多くの人が詰め掛け、平安装束に身を包んだ祭列が新緑の都大路を優雅に進む王朝絵巻のような光景に見入っていました。ただ、順延となった16日が晴天に恵まれたのはよかったのですが、最高気温が29℃と季節を先取りした暑さの中、熱中症に倒れる人もでて救急車のサイレンが鳴り響くといった状況も見られました。
写真集(19枚の写真が表示されます。)
京都御苑
キ〜キ〜と車輪のきしむ音を立てながら牛車(ぎっしゃ)がやってきました。この耳に響くきしみ音が何故かとても懐かしく思えました。
キ〜キ〜と車輪のきしむ音を立てながら牛車(ぎっしゃ)がやってきました。この耳に響くきしみ音が何故かとても懐かしく思えました。
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